Re: 吃不飽、穿不暖・・・のお話
投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2008/09/24 19:11 投稿番号: [172828 / 196466]
>「民以食為天」と言う言葉をNihao先生は聞いたことがあるか?<
そう云うことを言いたいのではありません。
日本だって戦争の時代は食糧がなくて、苦労しました。
文化大革命のあの頃、私は同じ時代を青年として生きていたのです。
当時、日本の私は何を見ていたか?
そして、中国の彼らは何を見ていたか?
意識して見ていたもの、その違いを語っているのです。
日本の私は憧れながらに世界を見ていた。
中国の彼らは「1杯の麺」を見ながら涙を流した。
同じ時代の青年なのに・・
意識の違い、その落差の大きさに驚いた・・と言っているのです。
今のこの時代、中国人で「1杯の麺」に感謝感激する人はいないでしょう。
「万杯の麺」にだって驚かない・・のは時代が違うから当然として、
「1杯の麺」も「大成功のオリンピック」も、或いは「驚異的な経済発展」も、政治的、革命的勝利が実感できるなら、中国人はやっぱり感激して涙を流す。
「麺」と「オリンピック」と「経済発展」・・形は違うが、全て同じパターン(型式)で中国人は感激するのだ。
「1杯の麺」・・共産党と毛主席のお陰で・・(ありがたや〜)
「オリンピック」・・共産党と江主席のお陰で・・(ありがたや〜)
「経済発展」・・共産党と訒小平さんのお陰で・・(ありがたや〜)
それはそれでいいとして・・
中国人は何を見ている?
見ているものは、世界諸国と同じ景色か?
・・つまり、世界に通用するか?・・の問題。
もしかしたら・・もしかしたら・・ですよ
改革開放、経済発展も所詮(しょせん)嘗(かつ)ての「1杯の麺」と同じことではないのか?・・と、
そう考えてみることはないのですか?
日本人とは言わないけれど、世界諸国の外国人は何を見ているか?
その価値観は?
それは果たして中国人と同じでしょうか?
今の時代、中国が世界に向かって発展するつもりなら、滑稽だった「1杯の麺」を思い出して自戒することはないのでしょうか?
ついでながら・・
革命の時代の中国人は、「1杯の麺」に涙を流しても、プライドだけは旺盛でした。
革命をやりながら、「世界で一番素晴らしい」と自負しておりました。
今も、多分、同じでしょう。
これは メッセージ 172813 (jm_s1960 さん)への返信です.
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