日中関係

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Re: 吃不飽、穿不暖・・・のお話

投稿者: sintyou6 投稿日時: 2008/09/24 15:23 投稿番号: [172807 / 196466]
Nihao先生、この言葉には、有る意味蔑視の意味が含まれていませんか?

貧しい人達にとって、「丼(どんぶり)1杯の麺」と云うのは、
まさに、生きる為の命綱。

日本だって、明治の頃はそうだった筈です。

>「また、始まったよ。(又来了、又来了)」と言いながら、思わずクスクス笑ってしまった。
「それにしても、1杯の麺で涙、ナミダの物語・・とは、いやはや、まったく恐れ入りますねえ・・」
アホらしい気分で笑ってしまった。中国の革命精神とはこんなもんかい・・

当時の中国人は、この映画のこの場面(シーン)を観ながら涙を流していたのだろうか?
1杯の麺を喰うにも毛主席と共産党に感謝したのか?
そうだとしても、私などは正直に言って「あほらしい」と思った。

当時の日本人、取り分け日本の青年も、目があるからには何かを見ながら考えたには違いない。
だが、何を見ていたか?・・その見るところ、中国とは全然違う。
我々、日本の若者は欧米の先進諸国を眺めており、あちらの音楽を聴き、ファッション・スタイル(様式)を取り入れ、日々に先進の現代文化を吸収していた。
過去の貧しい時代と比べて現状に満足するのではなく、先進諸国に憧れながら、更なる発展を信じ、気持ちは常に貪欲だった。
「何時の日か、先進諸国の、あの水準に到達したい・・」、その願望こそが当時の日本の「革命精神」。
夢があり希望に満ちた我らが青春の日々。

1杯の麺を見ながら泣いてる場合か・・!!
1杯の麺に涙する・・事実であるなら、なお更のこと、
中国の革命が如何に小さく映ったことか・・・>>



年収200万の人達にとっての100万と、
年収1億の人達にとっての100万とは、意味重大性が違います。


この言葉は、今の世界の大富豪が、「たかが、100万如きで。わはは」
と云う位失礼な言葉では無いでしょうか?

パンが無ければ、ケーキを食べればいいのに、っと言ってるのに等しいです。


欧米に近づけば近い程、進歩している、と云う欧華主義にどっぷり染まっていませんか?


仕方無かったのです。
他に策が無かったのです。生きる為には、プライドを捨てでも生き延びなくてはならないのです。


昭和天皇の、終戦の詔書は、まさに、プライドをドブに捨ててまで、
生きながらえる事を選択したのです。

プライドを捨てたくなければ、一億総国民、玉砕すれば良かったのです。


此こそ、日本教です。思考回路がアメリカ占領下のままです。

人間を幸せにして呉れるのは、物質主義ではありません。
精神主義です。


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