吃不飽、穿不暖・・・のお話
投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2008/09/24 14:22 投稿番号: [172805 / 196466]
中国が革命をやっていた時代、文化大革命の時期を経験した世代も、今や50〜60歳になっているだろう。
中国でも、今や若い人たちは革命の時代について実感がないかも知れない。
あの当時、私は日本から中国を眺めていた。
「中国映画を観る会」などと云うのがあり、月に1〜2回、中国映画の上映会があった。
映画は、もちろん、革命運動をテーマにした内容。
「火紅的年代」「決裂」「青松峰」「艶陽天」・・とか、とか・・
当時、日本で上映された中国映画はほとんど観ている。一度ならず、何回も何回も。
中国書店に行って映画の音声録音テープとシナリオを買い、それを教材にして中国語を練習していたのだ。
映画だけではない。短波のラジオでは毎晩深夜、現代革命京劇を放送してるから、ま〜・・イヤになるぐらい聴いたよね。
「白毛女」「紅灯記」「沙家浜」「智取威虎山」・・とか・・
映画のお話は決まっている。毛沢東の革命路線を信じる模範労働者、模範農民が主人公であり、革命運動を妨害しようと企(たくら)む国民党の反動スパイ、反革命分子やっつける。
階級闘争に勝利して、最後は「毛主席万歳、万々歳」で終わる。
そう云う革命映画のお話の中で、必ず出てくる「お決まりの場面」があった。
例えば、工場の模範労働者が農村に出かけて、麦の収穫を手伝う。
農民のおばあちゃんが、収穫したばかりの麦で「麺」をこしらえ、その碗を両手で差し出しながら「食べておくれ」と勧める。
労働者の青年が恐縮して遠慮していると、おばあちゃんは涙を流しながら切々と語るのだ。
「あ〜・・解放される前は、食べられずに腹をすかし、寒さに凍(こご)えていた。
(吃不飽、穿不暖)
解放後、ようやく腹いっぱい食べられるようになり、寒気を凌いで暖かく暮らせるようになった〜・・共産党と毛主席のお陰・・(ありがたや〜)」・・って。
この場面になると、私は中国語学習のお友達と顔を見合わせ、
「また、始まったよ。(又来了、又来了)」と言いながら、思わずクスクス笑ってしまった。
そして思った。
「なるほどね、中国人は丼(どんぶり)1杯の麺に斯(か)くも感動して涙を流すか。
確かに、それも事実だろう。ウソではなかろう。農民が1杯の麺も喰えなかった貧しい時代もあっただろうし、革命前の旧社会を思い出すのも革命だろう」
「それにしても、1杯の麺で涙、ナミダの物語・・とは、いやはや、まったく恐れ入りますねえ・・」
アホらしい気分で笑ってしまった。中国の革命精神とはこんなもんかい・・
当時の中国人は、この映画のこの場面(シーン)を観ながら涙を流していたのだろうか?
1杯の麺を喰うにも毛主席と共産党に感謝したのか?
そうだとしても、私などは正直に言って「あほらしい」と思った。
当時の日本人、取り分け日本の青年も、目があるからには何かを見ながら考えたには違いない。
だが、何を見ていたか?・・その見るところ、中国とは全然違う。
我々、日本の若者は欧米の先進諸国を眺めており、あちらの音楽を聴き、ファッション・スタイル(様式)を取り入れ、日々に先進の現代文化を吸収していた。
過去の貧しい時代と比べて現状に満足するのではなく、先進諸国に憧れながら、更なる発展を信じ、気持ちは常に貪欲だった。
「何時の日か、先進諸国の、あの水準に到達したい・・」、その願望こそが当時の日本の「革命精神」。
夢があり希望に満ちた我らが青春の日々。
1杯の麺を見ながら泣いてる場合か・・!!
1杯の麺に涙する・・事実であるなら、なお更のこと、
中国の革命が如何に小さく映ったことか・・・
中国でも、今や若い人たちは革命の時代について実感がないかも知れない。
あの当時、私は日本から中国を眺めていた。
「中国映画を観る会」などと云うのがあり、月に1〜2回、中国映画の上映会があった。
映画は、もちろん、革命運動をテーマにした内容。
「火紅的年代」「決裂」「青松峰」「艶陽天」・・とか、とか・・
当時、日本で上映された中国映画はほとんど観ている。一度ならず、何回も何回も。
中国書店に行って映画の音声録音テープとシナリオを買い、それを教材にして中国語を練習していたのだ。
映画だけではない。短波のラジオでは毎晩深夜、現代革命京劇を放送してるから、ま〜・・イヤになるぐらい聴いたよね。
「白毛女」「紅灯記」「沙家浜」「智取威虎山」・・とか・・
映画のお話は決まっている。毛沢東の革命路線を信じる模範労働者、模範農民が主人公であり、革命運動を妨害しようと企(たくら)む国民党の反動スパイ、反革命分子やっつける。
階級闘争に勝利して、最後は「毛主席万歳、万々歳」で終わる。
そう云う革命映画のお話の中で、必ず出てくる「お決まりの場面」があった。
例えば、工場の模範労働者が農村に出かけて、麦の収穫を手伝う。
農民のおばあちゃんが、収穫したばかりの麦で「麺」をこしらえ、その碗を両手で差し出しながら「食べておくれ」と勧める。
労働者の青年が恐縮して遠慮していると、おばあちゃんは涙を流しながら切々と語るのだ。
「あ〜・・解放される前は、食べられずに腹をすかし、寒さに凍(こご)えていた。
(吃不飽、穿不暖)
解放後、ようやく腹いっぱい食べられるようになり、寒気を凌いで暖かく暮らせるようになった〜・・共産党と毛主席のお陰・・(ありがたや〜)」・・って。
この場面になると、私は中国語学習のお友達と顔を見合わせ、
「また、始まったよ。(又来了、又来了)」と言いながら、思わずクスクス笑ってしまった。
そして思った。
「なるほどね、中国人は丼(どんぶり)1杯の麺に斯(か)くも感動して涙を流すか。
確かに、それも事実だろう。ウソではなかろう。農民が1杯の麺も喰えなかった貧しい時代もあっただろうし、革命前の旧社会を思い出すのも革命だろう」
「それにしても、1杯の麺で涙、ナミダの物語・・とは、いやはや、まったく恐れ入りますねえ・・」
アホらしい気分で笑ってしまった。中国の革命精神とはこんなもんかい・・
当時の中国人は、この映画のこの場面(シーン)を観ながら涙を流していたのだろうか?
1杯の麺を喰うにも毛主席と共産党に感謝したのか?
そうだとしても、私などは正直に言って「あほらしい」と思った。
当時の日本人、取り分け日本の青年も、目があるからには何かを見ながら考えたには違いない。
だが、何を見ていたか?・・その見るところ、中国とは全然違う。
我々、日本の若者は欧米の先進諸国を眺めており、あちらの音楽を聴き、ファッション・スタイル(様式)を取り入れ、日々に先進の現代文化を吸収していた。
過去の貧しい時代と比べて現状に満足するのではなく、先進諸国に憧れながら、更なる発展を信じ、気持ちは常に貪欲だった。
「何時の日か、先進諸国の、あの水準に到達したい・・」、その願望こそが当時の日本の「革命精神」。
夢があり希望に満ちた我らが青春の日々。
1杯の麺を見ながら泣いてる場合か・・!!
1杯の麺に涙する・・事実であるなら、なお更のこと、
中国の革命が如何に小さく映ったことか・・・
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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