Re: 正常大國的重要標誌
投稿者: xiaorenfanshi 投稿日時: 2008/09/14 12:25 投稿番号: [171910 / 196466]
>中国の生活基盤としての産業の発生は農業であるという風に捉えている。これは中国文化の土台でもあるように思える。遊牧と農耕はある意味で、移動型の生活と定住型の生活との違いではと考えている。そういう意味で、中国文化の「遊牧的」要素は後天的だという結論に辿りついたわけだ。<
先天的であれ、後天的であれ、ユーラシア大陸にある他の国々との比較なら、中国文化の「遊牧的」要素は、口にするに値しないものですが、日本と比べると、その違いはくっきりしていて、「遊牧的」性格はどうしても浮かんできてしまいます。
4000年〜7000年前の仰韶文化遺跡は、現在発掘された最古の文化遺跡で、農耕牧畜漁猟併用のような生活は、そのころからあったことは確かなようです。半坂遺跡は私も見学に行ったことがあります。かなり発達した段階にあることから、それに先立つ私たちの祖先の生活ぶりはどうなのかは、考えてしまうものですね。
人々に農作業を教え、農業を普及させたと言われている神農氏は、西北で遊牧をしていた部族の首領とされるのが面白くありませんか。これで自分たちも中原(中華)だとの主張は合理的なるのではないかと、成る程と、納得してしまいますね。神農氏の姓は姜(羊との関係を注意)で、牛頭人身の容姿も面白い。
>天の祭祀に羊を使ったのは、生産形態と生活基盤と一緒に総合的に判断すべきではないかと思う。豚も一緒に供えられていたろう。<
全然違うと思います。
天の祭祀に羊を使うか、それとも羊の代わりに豚など使ってもいいのではないか、その違いは極端に言えば、「キリスト教」と「ユダヤ教」の違い以上のものかもしれません。
大昔の時代では、羊は遊牧民にとって、それは「命の糧」です。自らを犠牲にして人を生かす、というような日常を超えた宗教的な、神聖な意味を持っています。ユーラシア大陸では、共通的な現象です。
孔子は「克己復禮」と言って、提唱している「禮」は、元来西北部にいる遊牧部族の「周」の「禮」です。
「食気 羊 告 朔」の話はご存知でしょう。孔子の弟子は、告朔の日に奉る羊が高いからやめようとしたのですが、孔子は「おまえは羊を惜しがっているが、私は禮が惜しい」と反対したのです。
孔子はまた「禮云禮云、玉帛云乎哉」(禮だ禮だと言っても、それは玉や絹のことだろうか」と、生活の安定によって、やがて「禮」も冠婚葬祭の服装マニュアルになって、形骸化してしまうかと心配していたのです。
その心配はどうも要らないようですね。
善、美、義、養、儀、犠、議、祥、……
今も使い続けているこれら「羊」との関わりのある言葉は、どれもイデオロギー的で、宗教性が強く、あらゆる価値判断の最終基準を「至高無上」の「天」に帰結させる「遊牧民的」気質の名残です。
遊牧的性格と農耕的性格は長い歴史の中で、中国文化の発展の原動力になっているだけではなく、その土地に縛り付ける事はなく、「普遍的だ」という性格を持つ所以でもあります。
中国は、中世の日本人のように、家畜が「穢れたもの」だから、食器を使わずに、本当に鋤で肉を焼く(今はただ「すき焼き」と言うだけ)、と似ているような事は、長い歴史の中に、一度もありませんね。中国人の価値観や行動様式は日本人とどれだけ違うかは伺えるものです。
今日は中秋節です。これから提燈を買いに行きます。
私は北方育ちですから、提燈と言ったら正月十五だけのことで、八月十五中秋節は提燈の登場はなかったのですが、この南の町は違います。
最近安全という事で、赤ちゃんが持っていても大丈夫そうな電気提燈は増えたのですが、私はやはり蝋燭で燈す提燈が良いです。夜風に気をつけて、息を止める程に、慎重に慎重にその明るく輝いているものを持って歩いて歩いて、やがて手が不本意に大きく揺れたか、大事な提燈が燃やしてしまった悔しさで思わず泣いてしまうことはありませんか。このような子供の時のお祭りは何時までも忘れられないものですね。
それでは、遅い返信ですみませんでした。
中秋快楽!
先天的であれ、後天的であれ、ユーラシア大陸にある他の国々との比較なら、中国文化の「遊牧的」要素は、口にするに値しないものですが、日本と比べると、その違いはくっきりしていて、「遊牧的」性格はどうしても浮かんできてしまいます。
4000年〜7000年前の仰韶文化遺跡は、現在発掘された最古の文化遺跡で、農耕牧畜漁猟併用のような生活は、そのころからあったことは確かなようです。半坂遺跡は私も見学に行ったことがあります。かなり発達した段階にあることから、それに先立つ私たちの祖先の生活ぶりはどうなのかは、考えてしまうものですね。
人々に農作業を教え、農業を普及させたと言われている神農氏は、西北で遊牧をしていた部族の首領とされるのが面白くありませんか。これで自分たちも中原(中華)だとの主張は合理的なるのではないかと、成る程と、納得してしまいますね。神農氏の姓は姜(羊との関係を注意)で、牛頭人身の容姿も面白い。
>天の祭祀に羊を使ったのは、生産形態と生活基盤と一緒に総合的に判断すべきではないかと思う。豚も一緒に供えられていたろう。<
全然違うと思います。
天の祭祀に羊を使うか、それとも羊の代わりに豚など使ってもいいのではないか、その違いは極端に言えば、「キリスト教」と「ユダヤ教」の違い以上のものかもしれません。
大昔の時代では、羊は遊牧民にとって、それは「命の糧」です。自らを犠牲にして人を生かす、というような日常を超えた宗教的な、神聖な意味を持っています。ユーラシア大陸では、共通的な現象です。
孔子は「克己復禮」と言って、提唱している「禮」は、元来西北部にいる遊牧部族の「周」の「禮」です。
「食気 羊 告 朔」の話はご存知でしょう。孔子の弟子は、告朔の日に奉る羊が高いからやめようとしたのですが、孔子は「おまえは羊を惜しがっているが、私は禮が惜しい」と反対したのです。
孔子はまた「禮云禮云、玉帛云乎哉」(禮だ禮だと言っても、それは玉や絹のことだろうか」と、生活の安定によって、やがて「禮」も冠婚葬祭の服装マニュアルになって、形骸化してしまうかと心配していたのです。
その心配はどうも要らないようですね。
善、美、義、養、儀、犠、議、祥、……
今も使い続けているこれら「羊」との関わりのある言葉は、どれもイデオロギー的で、宗教性が強く、あらゆる価値判断の最終基準を「至高無上」の「天」に帰結させる「遊牧民的」気質の名残です。
遊牧的性格と農耕的性格は長い歴史の中で、中国文化の発展の原動力になっているだけではなく、その土地に縛り付ける事はなく、「普遍的だ」という性格を持つ所以でもあります。
中国は、中世の日本人のように、家畜が「穢れたもの」だから、食器を使わずに、本当に鋤で肉を焼く(今はただ「すき焼き」と言うだけ)、と似ているような事は、長い歴史の中に、一度もありませんね。中国人の価値観や行動様式は日本人とどれだけ違うかは伺えるものです。
今日は中秋節です。これから提燈を買いに行きます。
私は北方育ちですから、提燈と言ったら正月十五だけのことで、八月十五中秋節は提燈の登場はなかったのですが、この南の町は違います。
最近安全という事で、赤ちゃんが持っていても大丈夫そうな電気提燈は増えたのですが、私はやはり蝋燭で燈す提燈が良いです。夜風に気をつけて、息を止める程に、慎重に慎重にその明るく輝いているものを持って歩いて歩いて、やがて手が不本意に大きく揺れたか、大事な提燈が燃やしてしまった悔しさで思わず泣いてしまうことはありませんか。このような子供の時のお祭りは何時までも忘れられないものですね。
それでは、遅い返信ですみませんでした。
中秋快楽!
これは メッセージ 171107 (red_northwestwolf さん)への返信です.
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