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「見果てぬ夢」の序章

投稿者: cnn73jp 投稿日時: 2008/09/05 02:48 投稿番号: [171024 / 196466]
私の書斎の段ボール箱に30年間眠っていた原稿を整理し、学会誌に発表しました。題名は『台湾の言語状況・1970年代』。その「あとがき」部分を以下に紹介します。
    ――――――――――――――――――――――――――――――
  今年2008年、日本の首都圏の各大学の中国語学科の入学案内書を見る機会があった。どの大学も中国・台湾の複数の大学と提携関係を結んでいて、学生は中国・台湾のどちらへも留学できる。自由に選べることを喜ばしく思い、今の時代の学生をうらやましく思う。

さて、私が30年も前に書いたこの拙文を今ごろ発表することを怪訝に思われた方もおられるだろう。私にとってこの文は「見果てぬ夢」への序章に当たる部分である。序章だけで挫折した我が夢について語りたい。

70年代後半に台湾へ短期語学留学して台湾のマルティリングアル状況に強い関心を覚え、書いたのがこの拙文である。私は台湾へ長期留学することを希望した。台湾の言語状況を社会言語学的に調査・研究したかったのだ。ところが台湾留学のために必要な指導教授の「推薦状」を得られなかった。

当時は文革が終息してから間もない頃で、日本では文革の実態もまだあまり知られないまま、美化・偶像化された社会主義中国像が受け継がれていた時代であった。大学の文化祭では中国語同好会の学生たちが革命現代京劇を演じ、悪意もなく喜々として紅衛兵を演じていた時代であった。そのような時代に台湾へ留学しようとすることは、ややもすれば異端視されかねない風潮があった。私はただ台湾の言語状況を研究したかっただけで、台湾の政治を勉強したいのではなかったのだが。

やむなく台湾留学を断念した私は次に中国留学を希望したところ、今度はたやすく「推薦状」を得られた。大人が自らの政治的信条により学生の学問的興味に制約を加え、留学先選びにまで制約を加えた、ということであろう。

私は中国へ留学する以前に、既に台湾・香港・シンガポールなどのいわば中国本土以外の華人圏へ旅行した経験があり、その自由な空気を知っていた。中国へ留学して痛感したのは「同じ華人社会なのにどうしてこうも違うのか」ということであった。留学生宿舎は周囲にフェンスを張りめぐらされ、玄関には24時間守衛がいた。中国人学生たちは後難を恐れて留学生宿舎へはほとんど遊びに来てくれなかった。自由華人圏との較差に嘆息した。

さて、中国留学中に私は中国女性との出会いがあった。予想もしなかったのは、ある晩突然2人の公安管が彼女の自宅に家庭調査に訪れたことだ。私の留学先の大学教員が規定により当局に通報したためだと後になってわかった。いま思い出しても悲しみで体が震える。一介の留学生が一中国市民と交際しただけで、なぜこんなにも管理され監視されなければならなかったのか。もとより私は中国の法令に反するつもりなどないし、恨まれるようなことも何もしていなかったのに。日本でたやすく書いてもらえた「推薦状」が私を送り込んだ先の国は、このような状態であった。

当時は中国の若者が海外へ出国したがる風潮が広まり始めていた頃であった。若者が出国したがることは、たぶん「社会主義の優越性」が否定されることを意味するのだろう。今と違って国際結婚は非常に困難な時代であった。中国人が出国のためのパスポートを申請してから発行されるまでに2年を要することもあると言われた時代である。彼女のことは忘れようと決めて中国留学を終えた私は、達成感よりも苦悩と失望感を抱いて帰国した。それ以後の20年間、私は中国へ一度も行かなかった。トラウマから解放されなかったのである。

そもそも私は学生時代になぜ中国よりも先に台湾へ旅行したのか。理由は簡単である。大学の1年間の学費が10万円だった時代に、中国旅行は2週間で30万円もしたのだ。貧乏学生の私にはとても買えない金額だった。大学の同級生たちの中でも金持ちの息子・娘だけが中国旅行へ行けた。一方、台湾への航空券は5万円で買えた。中国本土以外の華人圏では資本主義競争経済原理が機能していて、格安航空券が販売されていたのである。かくて、私にとっての初めての海外旅行先台湾で私はマルティリングアル社会を体験し、言語学専攻の私はたちまち魅了された。

台湾はマルティリングアル社会で社会言語学的には宝の山である。台湾出身の故・王育徳東京教育大学教授も当時の私の学問的興味を「十分に研究価値があり、未開拓の分野である」と認めて下さった。今でも日本の台湾語研究者が論文の末尾に「台湾に幸あれ」と一言書き加えているのが目にとまった時などは、私は共感を覚える。政治的理由などによるものではない。行った土地、出会った人々に対する愛着である。数奇の宝島・台湾に幸あれ。
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