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Re: 正常大國的重要標誌

投稿者: xiaorenfanshi 投稿日時: 2008/09/02 17:17 投稿番号: [170866 / 196466]
遊牧文化を含め、古代中国の周辺には、中国文化に対抗出来るほどの、強力的な文化はなかったのは事実ですね。

初めて異文化の強い文明と接し、そしてそのインパクトを受けたのも十九世紀以降の、あのアヘン戦争以来の事でしょう。その衝突から百年も続いた激動は、中国にもたらしたのは「国民、国語、国軍」を三点セットとしての近代国家システムでしたね。

もし古代中国の周辺に、そういう競争しあえる異文化があったら、中国文化も今以上面白く発展できただろうと、時々思うのですが。



中国文化の中の「遊牧的」性格と「農耕的」性格は、王朝時代以前に形成されたもので、その遊牧的な性格は、何時、どのようなグループから影響を受けたのかを、明らかにするのは難しいかも知れませんが。私は以下の事を見ています。


1、中国文明も文化も他の文明とは同じく、採拾、狩猟、遊牧、農耕等の段階を経て発展してきた事実です。


2、後の多くの王朝時代だけでなく、中国文化の形成期だった夏、商(殷)、周、この最初の三時代の統治者もいずれも非農耕民族出身者だった事です。(「孟子」、「史記」、殷の開国神話等に拠る)


3、周の時代に至って、国の政治制度の「禮制」を整え、「天」を祀る儀礼においては、羊を犠牲にして使い始めたのです。

「禮」は甲骨文の中では「豊」で表されていて、「豆に従い、玉を盛り上げて神祇に捧げることを意味する」とのことで、農耕社会を基礎に形成された概念です。

しかし、少なくても周の時代から、この農耕社会の概念は「換湯不換薬」の形ではなく、「換薬不換湯」の形で、変えられたのです。

「豆」と「羊」の違いは根本的なものです。

遊牧(牧畜)文化の視点がなければ、奴隷や宦官などについての理解も十分には出来ないと思います。



大変丁寧にご意見をくださいましたが、この話は長くなりそうですし、難しいですし、今回はこの辺でさせてください。


>「帝国の反撃」を上演して見せないと、孔子様が浮かばれない。 <

余裕ですね。

それから、この前言い忘れましたが、「青春アミーゴ」はいい曲でした。あらためてありがとう。

それでは仕事に集中します。
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