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「爺の剣」 - (3)

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2008/06/20 02:34 投稿番号: [165679 / 196466]
投稿者:爺

「爺の剣」 - (3)by直子

私の父のご両親の村までは、天山を越えなければなりません。なんとかアラトゥとか、天山にはいくつもの支脈があるんです。ここにはホテルなどというものがありません。車で走って、夜になって故障して、しかたなく小川のそばの小屋のような家の隣にテントを張らさせてもらいました。小屋の主は、一見して知的な中年の男性で、パンと羊の肉でもてなしてくださいました。なんとこの国の首都にある大学の教授でした。生活がお給料だけでは十分ではなく、副業として休暇に知人の密蜂を飼っているとのこと。

高山の花々からハチが採取した密は、それはそれはおいしい蜜でした。翌朝、小屋の周囲を見まわしますと、目前に雪を抱いた山々が立ちふさがり、背の低い灌木の山肌をぬって雪解け水が急流となって流れ下っていて、そして岩だらけの荒れ地には可憐な花々が力いっぱい咲き誇っておりました。一面の空気には、花の香りが漂い、思わぬ別世界に私は我を忘れてしばらくたたずんでしまいました。<中略します^^;>

私が大学3年の時、母が亡くなりました。そして数ヵ月後、祖母も後を追うように亡くなりました。母は私に何も言わず、濡れた眼差しで私を見つめながら、私の手をただ強く握りしめながら亡くなりました。祖母は、亡くなる数日前に私を枕元に呼んで、あることを話してくれたのです。それはとても衝撃なことでした。

あの剣道の師匠、爺が私の実の祖父であること、私の父が生きているかも知れないこと、でした。爺が私に打ち明けてくださるまでは、私から爺に問いつめてはならないこと、これが祖母との約束でした。でも、爺は、祖父であること、私が血のつながった実の孫娘であることをなかなか打ち明けてくださいません。

私、大学のとき四段でした。でも、大学を卒業して半年ほど剣道に足が遠のいておりました。爺の道場へも何かと理由をつけては行かなくなっておりました。不景気で就職難もあって、目指していた勤め先にも落とされて、就職がまだ決まらない後ろめたさに爺のしらじらしさもあったと思います。

祖母が亡くなってから、私の母の義理の姉である大姉さんの小料理店でバイトさせてもらいました。その延長で、忙しいときには大姉さんの和風スナックもお手伝いしておりました。母を亡くし、それからまもなく祖母も亡くなって、ひとりぽっちになっておりましたから、母の幾ばくかの遺産はあっても、働かなければとの思いがあって、大姉さんのところでお手伝いしていたのです。お手伝いというより、なかば強引にお店に押しかけておりました。大姉さんは、私がスナックで働くことにあまり賛成しませんでしたけど、私の親衛隊のお客様が結構大勢いらっしゃいましたから、無理には止めませんでした。

スナックには、きれいなお姉様方が10人ほどいらっしゃって、みなさん和服でした。私の親衛隊の皆様も毎晩のように来て下さる方が多くて、世間の不況にもかかわらず結構繁盛しておりましたのよ。

<続く>

では、今夜はこれにて御免。
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