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「爺の剣」 - (2)

投稿者: k_g_y_007_naoko 投稿日時: 2008/06/20 01:51 投稿番号: [165678 / 196466]
投稿者:爺

すまぬ、キーを押し違えたらしい。ちと酔うたかな?(苦笑)

「爺の剣」 - (2)by直子

高校に入ってはじめての夏休みを迎えようとしていたとき、稽古の途中で爺に呼び出されました。「きっと夏休みの剣友会の稽古か、近くの中学校剣道部の稽古日程の打ち合わせかな?」と思いながら爺の部屋に入ると、他に誰もおりません。先輩や指導者の方々もおりません。私一人だけ呼ばれたようでした。「あっ、また怒られるぅ...」と思って思わず首をすくめていると、「ロシアへ行くから、ついてきなさい」と一言。何が何だか分からないでいると、今度は邦夫さんがきて写真だとか何だとか言って、パスポートとビザの手配をするということでした。

このとき、爺は私の祖母の古くからのお知り合いで、そのご縁でこの道場で稽古させてもらっていると思っておりましたから、他人の私を連れて行ってくれるなんてとても信じられませんでした。それでも、稽古が終わって、母が入院している病院へ行く道すがら、「ああ、生まれて初めて外国へ行ける...」との思いがこみ上げ、自然と心が躍り始めたのを覚えております。

「よかったわね」、母は、力のない顔に笑みを浮かべて、そう言ってくれました。私たちは、新幹線に乗りました。成田ではなく、新潟行きの新幹線でした。車内で私は邦夫さん相手にはしゃいでいたようですが、爺は相変わらず気むずかしそうに無口でした。時折、書類に目を通してはむっつりしております。このとき、爺が天を見上げながら「虎穴に入らずんば...得ず」と言ったようなひとり言を聞いた気がしましたが、別に気にも止めませんでした。私は「ロシアって一体どんなとこだろう、本で読んだロシアかな、それともスパイ映画に出てくるような暗くて怖いところかな...」という期待と不安が交錯し、始終落ち着きませんでした。

私が高校1年の時、ソ連が崩壊してその翌年でしたでしょうか、爺とその息子さんの邦夫さんと私とで新潟空港から旅立ちました。邦夫さんには、奥様と2人のお子様がいらっしゃいます。

この旅は、後で知ったのですが、私の父を捜す旅であったとのことです。私が爺の実の孫娘であることも後で知りました。私は、父の顔も、誰なのかも知りません。私がまだ赤ちゃんの時に亡くなったとだけ聞いておりました。そして母は、もう一年以上も入退院をくり返しておりました。

初めての外国、それもロシアへ。私が抱いていたロシアとは、まったく違っていて、すべてが田舎という感じでした。一足違いで父とはすれ違い、父の両親を訪ねて中央アジアへも行きました。でも、ご両親ともすでにお亡くなりになっておりました。

<続く>
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