Re: 日中関係<備えあれば憂いなしじゃ
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2008/06/13 21:59 投稿番号: [165031 / 196466]
>結論を言えば、スタンスの違いだな(苦笑
それで済むなら別に問題はないんだがね。
>現行憲法下において日本の自衛隊はかなりの専守防衛戦力を保持するに至ったし、大多数の国民にも認知され、もはや日陰の存在ではない。憲法九条の解釈がいびつだと主張したいのであろうが、正当防衛や緊急避難という国際法解釈もある。
さよう。今時自衛隊が軍隊ではないと思っているお花畑は現実にはいないと思う。
>ま、こじつけという主張もあるが、また、有事に際して自衛隊が自由に動けんという主張もあるが、でき得るなら九条は現在のままでよいとワシは考える。十分論議して、もし改定するなら専守防衛の必要な範囲でマイナーな改定にしてもらいたい。日本のような平和憲法は、世界に他にない。
平和国家だから武装しないという理屈は成り立たない。武装してもきちんと理性的に振る舞い、戦争を可能な限り回避する国家が平和国家なのであり、その点日本は申し分のない平和国家である。
>日本が世界の平和めざしてリーダーシップを取ろうとすれば、この憲法は説得力がある。それでなくても、東アジアや東南アジア諸国は、日本の軍事大国化に日本人が考えている以上に危惧を抱いておる。
それは単なるイメージに過ぎない。現実に、自衛隊が世界屈指の軍事力であることはアジア諸国も知っており、いざとなれば日本も戦争に踏み切るであろう事は理解している。ただし、それが防衛戦争であることも理解しているなら、自衛隊が決して脅威ではないことも理解しているだろう。
>これら諸国に不必要な不安を与えない意味でも、現行憲法を維持するのがよいと考えておる。世界に誇れる憲法であると考えておる。
9条は戦争を紛争解決の手段にしないと言うことだが、国家の防衛は独立国家として当然の権利である。昔の白兵戦の時代と違い、現代は地球の裏側でスィッチを押すだけで日本攻撃が可能なのであり、とうぜんそれに備えるためには積極的に先制攻撃もやむを得ない時代になっている。昔と防衛戦争の意味が違ってきている。
そのための手段を禁じられているのであれば、9条は現実に、日本に防衛も禁じていることになりかねない。
とうぜん、防衛に名を借りた先制攻撃をしないための歯止めは必要だろうが、9条は現実には現代戦に於いて機能していない。
>MDの件だが、飽和攻撃を仕掛ける場合は必ず前兆がある。日本は即これを国際問題化し、コンセンサスを得た上で緊急避難措置として発射される前に発射台を攻撃するとよい。
9条はこれすら禁じている。そのための法解釈が色々拡大され、空中給油機、爆撃機、大陸間弾道弾などの所有が可能かどうかがやっと検討される段階でしかない。それなら、9条を廃し、必要な防衛手段を執れる明確な条項を加える方がよい。憲法を拡大解釈しなければ国も守れないのでは、その憲法は欺瞞だと言うことだ。
>核ミサイルなら、発射台周囲地域は修羅場となろう。攻撃の目をくぐって発射されたミサイルは、遠・中・近の海陸合わせた三重のディフェンス網で大半が落とせる。それだけのMDを装備することが大事。あとは、先に書いた反撃を行なえばよい。とりわけ、相手核施設や水源への攻撃は、きわめて有効となる。この被害覚悟で日本に戦争しかける国は自滅行為となり、日本周辺国にはないと考える。備えあれば憂いなしじゃよ。核も保有する必要はない。(苦笑
何度も言うが、戦争の予兆がある場合は超法規でも良いだろうし、対抗手段も執れるだろうが、その時間が十分にある保証はない。また、もっとも危険なのは、自暴自棄になった相手からの突発的な全面攻撃であり、MDは全く意味がないと言っていい。
核は、あくまで報復手段に過ぎない。先制攻撃をされれば、喩え日本が消滅しようとその前に相手の存在も許さないだけの報復をする決意が核武装という形をとる。核の抑止力の効果は冷戦時代より十分に証明されている。現代もそれは機能している。問題は、日本がアメリカの核の傘に守られていることだが、アメリカも変化しつつある。自前で国家防衛を果たす決意を示すことは絶対に必要であり、核武装が必要なのもそのためである。
生半可な平和主義者がどれだけ世界を破壊してきたかを考えれば、9条が欺瞞であることは明白だ。
それで済むなら別に問題はないんだがね。
>現行憲法下において日本の自衛隊はかなりの専守防衛戦力を保持するに至ったし、大多数の国民にも認知され、もはや日陰の存在ではない。憲法九条の解釈がいびつだと主張したいのであろうが、正当防衛や緊急避難という国際法解釈もある。
さよう。今時自衛隊が軍隊ではないと思っているお花畑は現実にはいないと思う。
>ま、こじつけという主張もあるが、また、有事に際して自衛隊が自由に動けんという主張もあるが、でき得るなら九条は現在のままでよいとワシは考える。十分論議して、もし改定するなら専守防衛の必要な範囲でマイナーな改定にしてもらいたい。日本のような平和憲法は、世界に他にない。
平和国家だから武装しないという理屈は成り立たない。武装してもきちんと理性的に振る舞い、戦争を可能な限り回避する国家が平和国家なのであり、その点日本は申し分のない平和国家である。
>日本が世界の平和めざしてリーダーシップを取ろうとすれば、この憲法は説得力がある。それでなくても、東アジアや東南アジア諸国は、日本の軍事大国化に日本人が考えている以上に危惧を抱いておる。
それは単なるイメージに過ぎない。現実に、自衛隊が世界屈指の軍事力であることはアジア諸国も知っており、いざとなれば日本も戦争に踏み切るであろう事は理解している。ただし、それが防衛戦争であることも理解しているなら、自衛隊が決して脅威ではないことも理解しているだろう。
>これら諸国に不必要な不安を与えない意味でも、現行憲法を維持するのがよいと考えておる。世界に誇れる憲法であると考えておる。
9条は戦争を紛争解決の手段にしないと言うことだが、国家の防衛は独立国家として当然の権利である。昔の白兵戦の時代と違い、現代は地球の裏側でスィッチを押すだけで日本攻撃が可能なのであり、とうぜんそれに備えるためには積極的に先制攻撃もやむを得ない時代になっている。昔と防衛戦争の意味が違ってきている。
そのための手段を禁じられているのであれば、9条は現実に、日本に防衛も禁じていることになりかねない。
とうぜん、防衛に名を借りた先制攻撃をしないための歯止めは必要だろうが、9条は現実には現代戦に於いて機能していない。
>MDの件だが、飽和攻撃を仕掛ける場合は必ず前兆がある。日本は即これを国際問題化し、コンセンサスを得た上で緊急避難措置として発射される前に発射台を攻撃するとよい。
9条はこれすら禁じている。そのための法解釈が色々拡大され、空中給油機、爆撃機、大陸間弾道弾などの所有が可能かどうかがやっと検討される段階でしかない。それなら、9条を廃し、必要な防衛手段を執れる明確な条項を加える方がよい。憲法を拡大解釈しなければ国も守れないのでは、その憲法は欺瞞だと言うことだ。
>核ミサイルなら、発射台周囲地域は修羅場となろう。攻撃の目をくぐって発射されたミサイルは、遠・中・近の海陸合わせた三重のディフェンス網で大半が落とせる。それだけのMDを装備することが大事。あとは、先に書いた反撃を行なえばよい。とりわけ、相手核施設や水源への攻撃は、きわめて有効となる。この被害覚悟で日本に戦争しかける国は自滅行為となり、日本周辺国にはないと考える。備えあれば憂いなしじゃよ。核も保有する必要はない。(苦笑
何度も言うが、戦争の予兆がある場合は超法規でも良いだろうし、対抗手段も執れるだろうが、その時間が十分にある保証はない。また、もっとも危険なのは、自暴自棄になった相手からの突発的な全面攻撃であり、MDは全く意味がないと言っていい。
核は、あくまで報復手段に過ぎない。先制攻撃をされれば、喩え日本が消滅しようとその前に相手の存在も許さないだけの報復をする決意が核武装という形をとる。核の抑止力の効果は冷戦時代より十分に証明されている。現代もそれは機能している。問題は、日本がアメリカの核の傘に守られていることだが、アメリカも変化しつつある。自前で国家防衛を果たす決意を示すことは絶対に必要であり、核武装が必要なのもそのためである。
生半可な平和主義者がどれだけ世界を破壊してきたかを考えれば、9条が欺瞞であることは明白だ。
これは メッセージ 164998 (k_g_y_007_naoko さん)への返信です.
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