Re:中糞人は阿片戦争を取り上げない2
投稿者: circinus48 投稿日時: 2008/04/10 20:26 投稿番号: [159728 / 196466]
人権という言葉が、その概念が出来上がった第二次大戦後、世界において普遍的に通用する人権本来の意味として、中国にお根付いているのではなく、中国にとっては、毎度、お馴染みの、他の全ての言葉や概念同様、独裁国家の都合で使い分ける、独裁者お気に入りの単なるツールでしかないということだ。
人権という概念は、日本が中国や朝鮮半島に進出した帝国主義時代当時、世界になかったものである。それを裁く中国に、事後法が通用しないという概念が理解できない。
事後法がきくというのであれば、中国四千年の間、行われてきた全ての虐殺、民族浄化にも適用されて然るべきである。
しかし、そこまでさかのぼらずとも、間違いなく、それが適用されるべき、第二次大戦後の、毛沢東の文化大革命による中国人民の大虐殺、天安門事件、ダルフール問題、チベット問題、他多種多様な、中国人民、他民族へ行った、許されざる人権蹂躙に適用されるべきである。
日本もヨーロッパも、戦後、積極的に、どこの国の誰の人権をも、蹂躙したことがない。
日中戦争にしても、中国人からしたら、あれは、日本人が残虐さで中国人に勝っていたからだと、中国人は世界の認識を確定させたいようだが、その前提からしてすでに間違っている。まあ、意図的なのだろうが。
つまり、残虐さが勝っているから日本が勝ったという言葉の裏に、近代化も経済も社会も何もかも全てが日本と同等であったといわんばかりの嘘が混じっていることを意図的にごまかそうとしている点だ。
まず、世界で、歴史上、中国が、あの当時、近代化を遂げた日本と同等のものを持っていたということを前提にすることはできない。
中国の全てが日本と同等だったにも関わらず、残虐性で中国人に勝っていたがゆえに、日中戦争で日本にイニシアチブを取られたかのごとく、人権という言葉や概念を、中国人が振りかざすのは、お門違いもいいところだ。
アフリカ奥地の戦闘部族が、世界各地の者に比べて、戦うべき時に発揮する戦闘性が、劣っているとは到底考えられない。
だが、先進国といわず、発展途上国でもいいから、彼らと戦闘状態になった場合、アフリカの部族に勝ち目があると信じる者もまずいない。
中国ふうの言い方をするなら、では、アフリカ奥地の部族勝利した全ての国が、アフリカの部族より残虐だったからとでもいうのか。
中国が言っているのはそれである。
残虐さなら、中国の右に並ぶものなど、中国五千年のスパンで歴史を見ても、数えるほどしか存在しない。
21世紀の現代でさえ、中国に抜きん出るほどの人権蹂躙国家を探すのは、北朝鮮を除いて探すのは、至難の業だ。
アフリカ部族との戦闘において、彼らアフリカの部族に捕まった敵の人間は、彼らの知ることのない国際法とは関係なしに、拷問を受け死に至るだろう。
って、これ、アフリカの奥地どころか、中国、北朝鮮奥地でも、いまだに行われていることだが。
日中戦争当時も、こんな目に合わされたのは、日本人の方。
日本人が残虐だったから勝ち続けたのではない。中国人がどれほど残虐さを発揮しようとしても、日本人相手にうまくいかなかっただけの話。
だからこそ、日本人捕虜を得る機会を得た中国人が、日本人の人権を、世界が非難するチベット人虐殺と同等以上または比較にならないほどの残忍さで蹂躙したことの方が事実。
それら人間の皮をかぶった五千年前の原始人と何ら変わらない中国人との戦いで、日本が徹底抗戦しなければ、はっきり言うが、当時の日本人は、チベット自治区やウィグル自治区などといった、自治の許されていない地域の民族と、同じ扱いを受けて終わりだったということだ。
原爆を落としたアメリカ人は、それが理解できていない、というより、わざと目をふさごうとしている。結局、アジア人同士で残虐の被害者になった加害者になった程度の話など、アメリカ政府の本心としては何の興味もないということだろう。
人権という概念は、日本が中国や朝鮮半島に進出した帝国主義時代当時、世界になかったものである。それを裁く中国に、事後法が通用しないという概念が理解できない。
事後法がきくというのであれば、中国四千年の間、行われてきた全ての虐殺、民族浄化にも適用されて然るべきである。
しかし、そこまでさかのぼらずとも、間違いなく、それが適用されるべき、第二次大戦後の、毛沢東の文化大革命による中国人民の大虐殺、天安門事件、ダルフール問題、チベット問題、他多種多様な、中国人民、他民族へ行った、許されざる人権蹂躙に適用されるべきである。
日本もヨーロッパも、戦後、積極的に、どこの国の誰の人権をも、蹂躙したことがない。
日中戦争にしても、中国人からしたら、あれは、日本人が残虐さで中国人に勝っていたからだと、中国人は世界の認識を確定させたいようだが、その前提からしてすでに間違っている。まあ、意図的なのだろうが。
つまり、残虐さが勝っているから日本が勝ったという言葉の裏に、近代化も経済も社会も何もかも全てが日本と同等であったといわんばかりの嘘が混じっていることを意図的にごまかそうとしている点だ。
まず、世界で、歴史上、中国が、あの当時、近代化を遂げた日本と同等のものを持っていたということを前提にすることはできない。
中国の全てが日本と同等だったにも関わらず、残虐性で中国人に勝っていたがゆえに、日中戦争で日本にイニシアチブを取られたかのごとく、人権という言葉や概念を、中国人が振りかざすのは、お門違いもいいところだ。
アフリカ奥地の戦闘部族が、世界各地の者に比べて、戦うべき時に発揮する戦闘性が、劣っているとは到底考えられない。
だが、先進国といわず、発展途上国でもいいから、彼らと戦闘状態になった場合、アフリカの部族に勝ち目があると信じる者もまずいない。
中国ふうの言い方をするなら、では、アフリカ奥地の部族勝利した全ての国が、アフリカの部族より残虐だったからとでもいうのか。
中国が言っているのはそれである。
残虐さなら、中国の右に並ぶものなど、中国五千年のスパンで歴史を見ても、数えるほどしか存在しない。
21世紀の現代でさえ、中国に抜きん出るほどの人権蹂躙国家を探すのは、北朝鮮を除いて探すのは、至難の業だ。
アフリカ部族との戦闘において、彼らアフリカの部族に捕まった敵の人間は、彼らの知ることのない国際法とは関係なしに、拷問を受け死に至るだろう。
って、これ、アフリカの奥地どころか、中国、北朝鮮奥地でも、いまだに行われていることだが。
日中戦争当時も、こんな目に合わされたのは、日本人の方。
日本人が残虐だったから勝ち続けたのではない。中国人がどれほど残虐さを発揮しようとしても、日本人相手にうまくいかなかっただけの話。
だからこそ、日本人捕虜を得る機会を得た中国人が、日本人の人権を、世界が非難するチベット人虐殺と同等以上または比較にならないほどの残忍さで蹂躙したことの方が事実。
それら人間の皮をかぶった五千年前の原始人と何ら変わらない中国人との戦いで、日本が徹底抗戦しなければ、はっきり言うが、当時の日本人は、チベット自治区やウィグル自治区などといった、自治の許されていない地域の民族と、同じ扱いを受けて終わりだったということだ。
原爆を落としたアメリカ人は、それが理解できていない、というより、わざと目をふさごうとしている。結局、アジア人同士で残虐の被害者になった加害者になった程度の話など、アメリカ政府の本心としては何の興味もないということだろう。
これは メッセージ 159727 (circinus48 さん)への返信です.
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