Re: 中国共産党の虐殺
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2008/04/05 18:14 投稿番号: [159133 / 196466]
一番の違いは、日本人と中国人とでは悪逆非道のイメージがまるで違うと言うことです。確かに、日本にも多くの人間を殺した為政者は居たでしょう。たとえば信長など。しかし、平時、気まぐれに大量の平民を殺して喜んだというような人間は居ません。ただ、歴史上武烈天皇などが残虐な支配者として書かれていますが、現在ではこれが事実ではなく後代の脚色であるとされています。
日本で、喩え戦でも一時に殺された人間は1万人を越えることはありませんが、中国では数十万単位で一般市民も殺された例などは珍しくありません。古代中国の人口は日本と比べてもそれほど多いわけではなく、徳川綱吉などは中国の人口は日本より少ないので脅威ではない、と言っています。
その中国では、古来人間はまるで虫けらのように数十万単位で殺されており、彼らの意識では、戦争になれば数十万単位の人間が殺されるのが当たり前なのでしょう。だから、南京虐殺で30万と言っても、彼らにとっては自然なのかも知れませんが、日本人からすれば喩え3万でも信じがたい残虐行為なのであり、ここに越えがたい日中間のイメージの違いがあります。
きゃんきゃんコバが精々悪女伝で日本にも悪女が居ると言うくらいしか出来ないのも分かります。中国では、そこに書かれている悪女など、到底人々の注意を引くような存在ではなく、中国三大悪女の前には、本当に無邪気なものです。
むろん、女性に限らず、男の残虐性も日本と中国では桁が3つくらい違うようで、中国人には想像出来ないでしょう。信長は残虐な人間だったと日本人は思うかも知れないけれど、中国歴史上の為政者の当たり前の殺戮数からすれば、ゼロと言ってもよいほど。つまり、イメージが違うのであり、コバがごまめの歯ぎしりをしても仕方のないことです。
日本では女性が尊重されてきたのも事実であり祖先紳が女性であったり、実在の古代の支配者が女王であったりと農耕文化特有の女系社会から日本は発展してきた事実があります。
武士が対当してきてから男尊女卑になったようですが、ご指摘のように世界でも例のない絢爛たる芸術が女性の手になっていたのも事実です。中韓に紫式部や清少納言などなどに匹敵する女性が居たでしょうか。
そして、男尊女卑と言われていた江戸時代でも、女性の権利はしっかりと保護され、三行半で亭主が女房を一方的に離縁出来るとはいっても現実にはそうそう簡単ではなかったし、女房の財産全てを返さなくてはならなかったし、女の方も駆け込み寺に駆け込んで離縁も出来ました。女将と言う制度も女性の経営者がきちんと認められていたと言うことです。
そして、女性もまたきちんと教育を受け、識字率も男と並んで当時の世界では桁違いに高かった事実があります。
女性が悪女になる必要もそして男が中国並みの悪逆非道をする必要もなかったというのは事実でしょう。もっとも当時のヨーロッパの為政者の悪逆も日本人には想像も付かない程のものでしたが。
日本で、喩え戦でも一時に殺された人間は1万人を越えることはありませんが、中国では数十万単位で一般市民も殺された例などは珍しくありません。古代中国の人口は日本と比べてもそれほど多いわけではなく、徳川綱吉などは中国の人口は日本より少ないので脅威ではない、と言っています。
その中国では、古来人間はまるで虫けらのように数十万単位で殺されており、彼らの意識では、戦争になれば数十万単位の人間が殺されるのが当たり前なのでしょう。だから、南京虐殺で30万と言っても、彼らにとっては自然なのかも知れませんが、日本人からすれば喩え3万でも信じがたい残虐行為なのであり、ここに越えがたい日中間のイメージの違いがあります。
きゃんきゃんコバが精々悪女伝で日本にも悪女が居ると言うくらいしか出来ないのも分かります。中国では、そこに書かれている悪女など、到底人々の注意を引くような存在ではなく、中国三大悪女の前には、本当に無邪気なものです。
むろん、女性に限らず、男の残虐性も日本と中国では桁が3つくらい違うようで、中国人には想像出来ないでしょう。信長は残虐な人間だったと日本人は思うかも知れないけれど、中国歴史上の為政者の当たり前の殺戮数からすれば、ゼロと言ってもよいほど。つまり、イメージが違うのであり、コバがごまめの歯ぎしりをしても仕方のないことです。
日本では女性が尊重されてきたのも事実であり祖先紳が女性であったり、実在の古代の支配者が女王であったりと農耕文化特有の女系社会から日本は発展してきた事実があります。
武士が対当してきてから男尊女卑になったようですが、ご指摘のように世界でも例のない絢爛たる芸術が女性の手になっていたのも事実です。中韓に紫式部や清少納言などなどに匹敵する女性が居たでしょうか。
そして、男尊女卑と言われていた江戸時代でも、女性の権利はしっかりと保護され、三行半で亭主が女房を一方的に離縁出来るとはいっても現実にはそうそう簡単ではなかったし、女房の財産全てを返さなくてはならなかったし、女の方も駆け込み寺に駆け込んで離縁も出来ました。女将と言う制度も女性の経営者がきちんと認められていたと言うことです。
そして、女性もまたきちんと教育を受け、識字率も男と並んで当時の世界では桁違いに高かった事実があります。
女性が悪女になる必要もそして男が中国並みの悪逆非道をする必要もなかったというのは事実でしょう。もっとも当時のヨーロッパの為政者の悪逆も日本人には想像も付かない程のものでしたが。
これは メッセージ 159123 (sakuranoobi さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffccf4x78_1/159133.html