やはり
投稿者: harunatu17 投稿日時: 2001/03/01 23:12 投稿番号: [15771 / 196466]
大石は名将といえるでしょう。
血気にはやる面々を押さえ、まとめ、お家再興の交渉も続けながら、その望みが絶たれた後、名分を得ての決行。戦闘においては、味方に一人の死者も出さず、主君の墓に報告し、幕府の裁定を待つ・・・水際立ってると思う。討ち入りは志願だったのだから、<この世への未練たらたら>だとしたら、それは彼らの問題であって、大石のせいじゃないような。再仕官をもくろんでの参加だったとしたら、それこそ功利のための刺客になってしまう。大石こそ”不復還”の覚悟でいたから、本懐の後の辞世は晴れやかなものなのだと思う。全員切腹ということ、あるいは彼にとっては、得たりの心境だったかしれませんね。これで、同志の誰も晩節を汚すことが無い。でも残された遺児のその後とか、討ち入りに参加しなくて卑怯者呼ばわりされた人のこととか考えると、大石も罪なことを・・・、みたいな気持ちも分かる。
話かわって、チームプレーですが、Yellowさんの言うような、テロとはいえ”私心なく相手が大物の場合”の挙は日本でも普通の刺客の行動とは区別されて考えられてると思う、でも、中国での、荊軻みたいな、個人名がばーんと出てくるようなのってなかなか無いような・・・あるかなあ。幕末の桜田門外の変も、水戸の浪士達、だしな。私は、個人でなく団体でやるから、劣ってるとか卑怯とかは思わないんです。むしろ、こういう事柄は、人数の多いほうが成し難いのでは、とも思う。秘密も漏れるし。やはり、団体行動というか、組織だててやるというのが、得意な国民性なのかな。。。
これは メッセージ 15758 (nita2 さん)への返信です.
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