◆中共の醜いチベット抹殺計画
投稿者: alas_and_alack2008 投稿日時: 2008/03/17 00:00 投稿番号: [156765 / 196466]
このトピで中国人がパンチェン・ラマと言っているのは中共の捏造した偽ラマのことです。ダライ・ラマの認定した本物のパンチェン・ラマは中共に拉致されて行方不明です。
◆世界最年少の政治囚:誘拐されたパンチェン・ラマ
http://www.tibethouse.jp/panchen_lama/index.html
本日の各紙で大きく報道されたチベットの暴動、写真に写っていたチベット族の人たちは今頃どんな酷い虐待を受けているか本当に心配です。
まさに命がけで中共政府に抗議しているチベット族に心からの声援を送ります。
----------------
私は今から11年前(1997年)にネパール側からチベット、更にゴルムド〜西安〜返還直後の香港へと旅行しました。
4月〜10月くらいまでネパール・チベット間の国境が通行可能で、カトマンズのホテル街で、外国人旅行客を募って、10数人集まると現地人のガイド付きで1週間かけてラサに向けて出発するトヨタ・ハイエースを使った乗り合いツアーが当時ありました。(今もあると思いますが・・・)
カトマンズからラサへ行く途中、チベット第二の街シガツェや、第三の街ギャンツェを通りました。
この時初めて知ったのがパンチェン・ラマというチベット第二の活仏の存在。これはダライ・ラマの転生者の認定役兼教育役です。
シガツェはパンチェン・ラマの本拠地で、歴代のパンチェン・ラマの聖化されたミイラが拝観できます。
先代のパンチェン・ラマはダライ・ラマがインドに亡命した後もチベットに残って文化大革命時の迫害等に耐えつつ1989年に逝去しました。
その転生者の認定権は歴史的にダライ・ラマにあり、この時もインドにいるダライ・ラマから転生者の認定がありましたが、中国政府はそれを拒否して勝手に別人物をパンチェン・ラマと認定し、北京に連れて行って自分達の都合のいい人物に教育しています。(ダライ・ラマの認定したパンチェン・ラマは中共に拉致され、現在行方不明です。※下記HP参照)
私が行った11年前にはチベットの各寺院や街頭には、この偽パンチェン・ラマ少年の写真が掲げられており、チベットの人達は、ダライ・ラマではなく、この偽ラマに宗教的敬意を捧げることが強要されていました。
ダライ・ラマは既に高齢で、もし逝去した場合北京で育てられたこの偽パンチェン・ラマが次のダライ・ラマの転生者を認定することになり、そうなればチベットの自治獲得運動は一気に頓挫してしまうことでしょう。そしてそれは単に政治的な運動の頓挫に留まらず、長い歴史を持ったチベットという一文明の死ともいえる行為になるでしょう。
11年前ですらラサの街では、店先に出ている女将さんはチベット顔でも、奥にいる店主は漢族っぽいという場合が目だっていました。
(早い話が男余りの漢族がチベットに押しかけて、チベット族男性を駆逐し、チベット族女性を奪って、チベットを急速に漢化させている、ということ)
ゴルムドからラサを結ぶ鉄道が開通した今では、ラサの人口の8割が漢族になってしまったといいます。
⇒チベット問題は中共の本質を示す典型例です。我々は決してこのような非道なエスニック・クレンジングを許すべきではありません。
◆チベット独立運動
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E7%8B%AC%E7%AB%8B%E9%81%8B%E5%8B%95#.E3.83.81.E3.83.99.E3.83.83.E3.83.88. E7.8B.AC.E7.AB.8B.E9.81.8B.E5.8B.95
◆ガンデンポタンによるチベット領域の主張
http://www.tibethouse.jp/about/outline.html
◆チベット問題 大高未貴氏に聞く
http://kukkuri.●pn.org/boyakikukkuri2/log/eid287.html
●⇒jに変える
なぜか直リン禁止のこのHP是非読んでみて下さい。チベットの悲惨な状況が分かります。
◆福島香織さんのブログ
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/
◆世界最年少の政治囚:誘拐されたパンチェン・ラマ
http://www.tibethouse.jp/panchen_lama/index.html
本日の各紙で大きく報道されたチベットの暴動、写真に写っていたチベット族の人たちは今頃どんな酷い虐待を受けているか本当に心配です。
まさに命がけで中共政府に抗議しているチベット族に心からの声援を送ります。
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私は今から11年前(1997年)にネパール側からチベット、更にゴルムド〜西安〜返還直後の香港へと旅行しました。
4月〜10月くらいまでネパール・チベット間の国境が通行可能で、カトマンズのホテル街で、外国人旅行客を募って、10数人集まると現地人のガイド付きで1週間かけてラサに向けて出発するトヨタ・ハイエースを使った乗り合いツアーが当時ありました。(今もあると思いますが・・・)
カトマンズからラサへ行く途中、チベット第二の街シガツェや、第三の街ギャンツェを通りました。
この時初めて知ったのがパンチェン・ラマというチベット第二の活仏の存在。これはダライ・ラマの転生者の認定役兼教育役です。
シガツェはパンチェン・ラマの本拠地で、歴代のパンチェン・ラマの聖化されたミイラが拝観できます。
先代のパンチェン・ラマはダライ・ラマがインドに亡命した後もチベットに残って文化大革命時の迫害等に耐えつつ1989年に逝去しました。
その転生者の認定権は歴史的にダライ・ラマにあり、この時もインドにいるダライ・ラマから転生者の認定がありましたが、中国政府はそれを拒否して勝手に別人物をパンチェン・ラマと認定し、北京に連れて行って自分達の都合のいい人物に教育しています。(ダライ・ラマの認定したパンチェン・ラマは中共に拉致され、現在行方不明です。※下記HP参照)
私が行った11年前にはチベットの各寺院や街頭には、この偽パンチェン・ラマ少年の写真が掲げられており、チベットの人達は、ダライ・ラマではなく、この偽ラマに宗教的敬意を捧げることが強要されていました。
ダライ・ラマは既に高齢で、もし逝去した場合北京で育てられたこの偽パンチェン・ラマが次のダライ・ラマの転生者を認定することになり、そうなればチベットの自治獲得運動は一気に頓挫してしまうことでしょう。そしてそれは単に政治的な運動の頓挫に留まらず、長い歴史を持ったチベットという一文明の死ともいえる行為になるでしょう。
11年前ですらラサの街では、店先に出ている女将さんはチベット顔でも、奥にいる店主は漢族っぽいという場合が目だっていました。
(早い話が男余りの漢族がチベットに押しかけて、チベット族男性を駆逐し、チベット族女性を奪って、チベットを急速に漢化させている、ということ)
ゴルムドからラサを結ぶ鉄道が開通した今では、ラサの人口の8割が漢族になってしまったといいます。
⇒チベット問題は中共の本質を示す典型例です。我々は決してこのような非道なエスニック・クレンジングを許すべきではありません。
◆チベット独立運動
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%83%99%E3%83%83%E3%83%88%E7%8B%AC%E7%AB%8B%E9%81%8B%E5%8B%95#.E3.83.81.E3.83.99.E3.83.83.E3.83.88. E7.8B.AC.E7.AB.8B.E9.81.8B.E5.8B.95
◆ガンデンポタンによるチベット領域の主張
http://www.tibethouse.jp/about/outline.html
◆チベット問題 大高未貴氏に聞く
http://kukkuri.●pn.org/boyakikukkuri2/log/eid287.html
●⇒jに変える
なぜか直リン禁止のこのHP是非読んでみて下さい。チベットの悲惨な状況が分かります。
◆福島香織さんのブログ
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/
これは メッセージ 156689 (alas_and_alack2008 さん)への返信です.
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