インターネットは「罵詈雑言の海」
投稿者: BOUKANSYA_NO1 投稿日時: 2000/12/03 22:02 投稿番号: [15185 / 196466]
「強盗野郎を蒸して酒の肴にして、浮気女の経水(注:月経のこと)で酒を作って飲んで、血クソ垂らしながら死んでもあきたらない南原官吏のビョン・ハックトの家と縁組して、天下が認めるげす野郎のビョン・カンスェ(注:精力の強い男の代名詞)みたいな孫をもつ野郎」民学会光州(クァンジュ)支部で1996年に開かれた罵詈雑言大会でグランプリを取った悪口である。
「情感のある悪口を生かし、世の中と生活を豊かにしよう」とし、全国の口汚い人たちを集めて開いた大会で、罵詈雑言の肯定的な機能を生かそうというものである。
干渉好きで、耳学問だけで口を開けば口汚い言葉がぺらぺら出てくるおばさん・おじさんはどこにでもいる。そんな人たちの周りには常に近所の人たちが集まる。近所のゴシップを交換したり、評価したりすることで情を交わすためである。
そんな時の悪口は、人を攻撃するというよりは話に実感をもたせるための一つの手段として作用する。
会話の中で最も楽しい話題は、他人事に関する話である。とりわけ、互いによく知っている人を話題に上げるとさらに話は盛り上がる。
しばしば私たちは、よくだれかれを酒の肴に、スルメを噛むように人を「噛んだ」りするではないか。
長所から短所まで噛みに噛んで、酒盛りを一緒にした人たちと一体感を確認しあい、また噛まれる人の人生までも、みんなで分かち合いながら評価するのである。
「悪口が愛」ということわざもある。好きな人の悪口を言うのは、立派な人におなりなさいという、愛の表現というわけである。
皆さんも覚えがあるはずである。愛きょうを振りまくたびに、おばあさんに「気色悪い」と言われたことがあるだろう。
そんなあけすけな、情感のある言葉が聞きたくて「口汚いおじいさん」として通っている国楽の名唱、朴東鎭(パク・ドンジン)を求め、また「口汚いおばあさん」の食堂に行くのかもしれない。
今の時代を代表する作家である金周榮(キム・ジュヨン)、李文求(イ・ムング)、尹興吉(ユン・フンギル)、趙廷來(チョ・ジョンレ)氏なども、小説に口汚い人物たちを登場させている。
そうして、その人物の性格を鮮明に浮き彫りにして、読者の罪のない笑いを引き出している。
しかし、悪口が相手の気持ちを害するために使われたときは、文字通り罵詈雑言になってしまう。人を嫌いになったり、呪ったり、無視したりする侮辱的な言葉が辞書的な意味での悪口である。
「悪口は悪口で返し、恩は恩で返す」ということわざ通り、悪口でしか返せない口汚い言葉が罵詈雑言なのである。
そんな罵詈雑言が今のこの社会にあふれている。国会はまさに罵詈雑言全国大会をほうふつさせ、インターネットは「罵詈雑言の海」になりつつあるという懸念の声が高い。
社会の不満を解消し、似たもの同志を情で結び付けていた悪口を陵辱する罵詈雑言には、どんな罵詈雑言が薬になるのだろうか。
「情感のある悪口を生かし、世の中と生活を豊かにしよう」とし、全国の口汚い人たちを集めて開いた大会で、罵詈雑言の肯定的な機能を生かそうというものである。
干渉好きで、耳学問だけで口を開けば口汚い言葉がぺらぺら出てくるおばさん・おじさんはどこにでもいる。そんな人たちの周りには常に近所の人たちが集まる。近所のゴシップを交換したり、評価したりすることで情を交わすためである。
そんな時の悪口は、人を攻撃するというよりは話に実感をもたせるための一つの手段として作用する。
会話の中で最も楽しい話題は、他人事に関する話である。とりわけ、互いによく知っている人を話題に上げるとさらに話は盛り上がる。
しばしば私たちは、よくだれかれを酒の肴に、スルメを噛むように人を「噛んだ」りするではないか。
長所から短所まで噛みに噛んで、酒盛りを一緒にした人たちと一体感を確認しあい、また噛まれる人の人生までも、みんなで分かち合いながら評価するのである。
「悪口が愛」ということわざもある。好きな人の悪口を言うのは、立派な人におなりなさいという、愛の表現というわけである。
皆さんも覚えがあるはずである。愛きょうを振りまくたびに、おばあさんに「気色悪い」と言われたことがあるだろう。
そんなあけすけな、情感のある言葉が聞きたくて「口汚いおじいさん」として通っている国楽の名唱、朴東鎭(パク・ドンジン)を求め、また「口汚いおばあさん」の食堂に行くのかもしれない。
今の時代を代表する作家である金周榮(キム・ジュヨン)、李文求(イ・ムング)、尹興吉(ユン・フンギル)、趙廷來(チョ・ジョンレ)氏なども、小説に口汚い人物たちを登場させている。
そうして、その人物の性格を鮮明に浮き彫りにして、読者の罪のない笑いを引き出している。
しかし、悪口が相手の気持ちを害するために使われたときは、文字通り罵詈雑言になってしまう。人を嫌いになったり、呪ったり、無視したりする侮辱的な言葉が辞書的な意味での悪口である。
「悪口は悪口で返し、恩は恩で返す」ということわざ通り、悪口でしか返せない口汚い言葉が罵詈雑言なのである。
そんな罵詈雑言が今のこの社会にあふれている。国会はまさに罵詈雑言全国大会をほうふつさせ、インターネットは「罵詈雑言の海」になりつつあるという懸念の声が高い。
社会の不満を解消し、似たもの同志を情で結び付けていた悪口を陵辱する罵詈雑言には、どんな罵詈雑言が薬になるのだろうか。
これは メッセージ 1 (messages_admin さん)への返信です.
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