Re: シンセン見聞 なるほどね(笑)
投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2008/01/08 10:04 投稿番号: [150928 / 196466]
>大変ためになりました。どうもありがとうございました。
恐れ入ります。
>
>黄泉の国さんとは、また異なる見解であろうことかと存じます。
>・・何処に余力があったのかと思わせるほどの歴史しか学んできませんでしたがまさに大国を相手によくぞ戦ってくれたものだと先人の貢献に涙がでてまいります。
当時の世界情勢、価値観を考えれば、戦争は悲劇ではあったけれどおそらく唯一の選択肢だったと私は思います。当時の日本は、涙ぐましいほど戦争を避けるべく外交努力をしておりますが、なにぶんその方法が稚拙であった事実は否めないでしょう。いずれにせよ、後述するように、日本が唯一アジアで連合国と戦った(後にタイも参戦しておりますが)ことが、アジアの開放につながったのは、特亜以外では一致した意見です。
奇しくも、日本とタイはアジアでも例外として欧米の植民地かを免れていた国であったことは偶然とは言えません。特亜などとの気概の違いの理由と言えないでしょうか。
>現在の常識で推測しましても戦いに挑んだことが脅威でしかありません、現代の戦争の形態はハイテク兵器が占めていますが、ハイテク兵器だと一発で片がつきますがあの当時精神で戦っていたことは自明の理ということだと思います。
当時の世界最先端の兵器を日本は開発しており、それはアメリカの心胆を寒からしめた物があります。例を挙げれば、零戦を初めとする各種の航空機、巨大戦艦大和(戦略的には失敗と言われていますが、技術的には最高峰です)の46センチ主砲、砲座、球形艦首、また15センチ高射砲、酸素魚雷、完成はしなかったけれど原爆開発(戦後アメリカが日本の仁科研究室の施設を押さえたなどはその証明になるでしょう)などなど、当時の日本がただ精神論だけで戦ったのではなく、最高の科学技術を要して戦ったと言えるでしょう。それはドイツにも言えます。
ただ、兵器に対する思想の違い、物資量の絶対的劣性はいかんともしがたい物でした。精神論もあるでしょうが、やはりこれだけの物的劣性にありながらあれだけの戦争を遂行し得た日本の技術力は限られた分野ではあっても当時のトップレベルと言っていいでしょう。民生物資の生産技術に於いてはたしかにアメリカが絶対的に優れていましたし。
日本が戦後驚異的なスピードで復興したのは、この技術的基盤が一番理由としてあげて酔いと思います。むろん、高い教育レベル、民主主義の土壌、精神的な物がここでも発揮されましたが。
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>>戦後の農地改革自体はGHQの主導で当時の政府、今の自民です。しかし、農地改革自体の構想は、戦前にもありましたが、帝国議会の代議員は地主階級が多かったため実現しませんでした。ヨミ君の説では、そんなことはあり得なかったはずなんですが。
>
>黄泉の国氏は、まだまだ黄泉が甘いということですね(笑)なんでも自民党を腐すのが彼の戦法なんでしょう。
戦前に農地改革が実現しなかったのは時期的に熟していなかったからですが、その土台があったからこそ戦後スムースに行ったのです。そもそも、封建時代でも平等を唱える人は居て、唯、まだその時期では無かっただけ。そのような基盤があったから日本はアジアでもいち早く民主主義体制をとれたと言うことです。未だに特亜がそうならないのは、その基盤がなかったためです。
ちょっとずれますが、婦人参政権も地方レベルでは1800年代に日本では実施されていて、それはおそらく世界で一番早い部類でした。国政レベルで実施されたのはフランスと同時期、世界でも数番目くらいで、早いほうでした。
同じ事で、農地改革が戦前に実現出来なかったとしても萌芽があったという意味をヨミ君は全く理解出来ていません。
>中国の都市部との格差は、日本の戦前かと思わせるほどの変貌ぶりといったところですね。中国全土が北京のような変革を遂げるのは今世紀でありえることでしょうか?
今の中国の形では、永久に無いと思います。中国のあり方と矛盾するからです。
>ソ連の野望は世界を共産支配下に置くことかと、そして地球を滅亡へと、今にしてみればどうだったのでしょうね?
純粋に全世界の共産化でしたね。反共はすなわち悪という単純明快なセオリーで動いていたのでしょう。共存という思考は全くなかったようです。
恐れ入ります。
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>黄泉の国さんとは、また異なる見解であろうことかと存じます。
>・・何処に余力があったのかと思わせるほどの歴史しか学んできませんでしたがまさに大国を相手によくぞ戦ってくれたものだと先人の貢献に涙がでてまいります。
当時の世界情勢、価値観を考えれば、戦争は悲劇ではあったけれどおそらく唯一の選択肢だったと私は思います。当時の日本は、涙ぐましいほど戦争を避けるべく外交努力をしておりますが、なにぶんその方法が稚拙であった事実は否めないでしょう。いずれにせよ、後述するように、日本が唯一アジアで連合国と戦った(後にタイも参戦しておりますが)ことが、アジアの開放につながったのは、特亜以外では一致した意見です。
奇しくも、日本とタイはアジアでも例外として欧米の植民地かを免れていた国であったことは偶然とは言えません。特亜などとの気概の違いの理由と言えないでしょうか。
>現在の常識で推測しましても戦いに挑んだことが脅威でしかありません、現代の戦争の形態はハイテク兵器が占めていますが、ハイテク兵器だと一発で片がつきますがあの当時精神で戦っていたことは自明の理ということだと思います。
当時の世界最先端の兵器を日本は開発しており、それはアメリカの心胆を寒からしめた物があります。例を挙げれば、零戦を初めとする各種の航空機、巨大戦艦大和(戦略的には失敗と言われていますが、技術的には最高峰です)の46センチ主砲、砲座、球形艦首、また15センチ高射砲、酸素魚雷、完成はしなかったけれど原爆開発(戦後アメリカが日本の仁科研究室の施設を押さえたなどはその証明になるでしょう)などなど、当時の日本がただ精神論だけで戦ったのではなく、最高の科学技術を要して戦ったと言えるでしょう。それはドイツにも言えます。
ただ、兵器に対する思想の違い、物資量の絶対的劣性はいかんともしがたい物でした。精神論もあるでしょうが、やはりこれだけの物的劣性にありながらあれだけの戦争を遂行し得た日本の技術力は限られた分野ではあっても当時のトップレベルと言っていいでしょう。民生物資の生産技術に於いてはたしかにアメリカが絶対的に優れていましたし。
日本が戦後驚異的なスピードで復興したのは、この技術的基盤が一番理由としてあげて酔いと思います。むろん、高い教育レベル、民主主義の土壌、精神的な物がここでも発揮されましたが。
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>>戦後の農地改革自体はGHQの主導で当時の政府、今の自民です。しかし、農地改革自体の構想は、戦前にもありましたが、帝国議会の代議員は地主階級が多かったため実現しませんでした。ヨミ君の説では、そんなことはあり得なかったはずなんですが。
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>黄泉の国氏は、まだまだ黄泉が甘いということですね(笑)なんでも自民党を腐すのが彼の戦法なんでしょう。
戦前に農地改革が実現しなかったのは時期的に熟していなかったからですが、その土台があったからこそ戦後スムースに行ったのです。そもそも、封建時代でも平等を唱える人は居て、唯、まだその時期では無かっただけ。そのような基盤があったから日本はアジアでもいち早く民主主義体制をとれたと言うことです。未だに特亜がそうならないのは、その基盤がなかったためです。
ちょっとずれますが、婦人参政権も地方レベルでは1800年代に日本では実施されていて、それはおそらく世界で一番早い部類でした。国政レベルで実施されたのはフランスと同時期、世界でも数番目くらいで、早いほうでした。
同じ事で、農地改革が戦前に実現出来なかったとしても萌芽があったという意味をヨミ君は全く理解出来ていません。
>中国の都市部との格差は、日本の戦前かと思わせるほどの変貌ぶりといったところですね。中国全土が北京のような変革を遂げるのは今世紀でありえることでしょうか?
今の中国の形では、永久に無いと思います。中国のあり方と矛盾するからです。
>ソ連の野望は世界を共産支配下に置くことかと、そして地球を滅亡へと、今にしてみればどうだったのでしょうね?
純粋に全世界の共産化でしたね。反共はすなわち悪という単純明快なセオリーで動いていたのでしょう。共存という思考は全くなかったようです。
これは メッセージ 150903 (shimazu_yoshihiro_2008 さん)への返信です.
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