Re: シンセン見聞 なるほどね(笑)
投稿者: shimazu_yoshihiro_2008 投稿日時: 2008/01/07 22:59 投稿番号: [150903 / 196466]
>そこで、横ですが、私なりに考えたことを述べてみます。あたっているかどうかはむろん判断される方によるでしょうが、このような見方が出来ると言うことです。
大変ためになりました。どうもありがとうございました。
黄泉の国さんとは、また異なる見解であろうことかと存じます。
それにしてもみなさん博識なお方ばかりです。
>>>第一問、、現在の日本の繁栄(数十年前の繁栄だね、今は堕落してる)は 敗戦によってもたらされたと思うのか? そうではないのか?
>敗戦時の対処の仕方が日本は際だっていたと言うことですね。潔く自らの劣っていた面を認め、己の力で苦境を切り開いてきたと言うことです。生産力でアメリカの四十分の一と言われながら、当時の先進国の大半を敵にして四十四ヶ月戦えたのは、日本自体にそれだけの力があったと言うことです。
・・何処に余力があったのかと思わせるほどの歴史しか学んできませんでしたがまさに大国を相手によくぞ戦ってくれたものだと先人の貢献に涙がでてまいります。
>敗戦していなければ世界秩序が今と代わるだけであり、アメリカの位置に日本が居たという事でしょう。その方が特亜も幸せだったと思われます。
現在の常識で推測しましても戦いに挑んだことが脅威でしかありません、現代の戦争の形態はハイテク兵器が占めていますが、ハイテク兵器だと一発で片がつきますがあの当時精神で戦っていたことは自明の理ということだと思います。
>>>第2問 戦前戦中の農民の暮らしはどうであったか?ほとんどが小作農家であり、大地主制度ではなかったのか? そうではないのか?
>これはあなたがお答えになっているとおりです。全ての農民が小作人であるとは、土地を国家以外所有出来ない独裁国家のみにある現象です。
>>>敗戦後 農地改革を行い 小作農家に農地を分け与え 現在の農家にしたのは自民党政権であった? そうではなかった? どっちだ?
>戦後の農地改革自体はGHQの主導で当時の政府、今の自民です。しかし、農地改革自体の構想は、戦前にもありましたが、帝国議会の代議員は地主階級が多かったため実現しませんでした。ヨミ君の説では、そんなことはあり得なかったはずなんですが。
黄泉の国氏は、まだまだ黄泉が甘いということですね(笑)なんでも自民党を腐すのが彼の戦法なんでしょう。
>ところで、かつての朝鮮は農奴制であり、それは中国でも同じ事。また、戦後は解放軍が農地を全て地主から取り上げ、地主階級を放逐してしまったため、かろうじて機能していた司法、行政、流通などが全て崩壊してしまいました。全くその経験がない農民上がりの解放軍がそれを再構築しようとしましたが当然上手く行くはずが無く、長期の混乱を中国にもたらしました。その弊害は未だに残っています。
中国の都市部との格差は、日本の戦前かと思わせるほどの変貌ぶりといったところですね。中国全土が北京のような変革を遂げるのは今世紀でありえることでしょうか?
>>>第3問 なぜ、日本政府は満州を欲しがったのだろうか? 屯田兵?として満州へ農家の2男3男を なぜ 送り込んだのだろうか?
>確かに農地の確保もあったでしょう。しかし、当時ほとんど無人の満州をソ連がねらっており、そのままでは日本の国防上きわめて危険だったという理由もあります。満州が開拓された為、過酷な中国から大勢の中国人が満州に移住してきてあっという間に人口が激増しました。
日中戦争の大義名分はソ連の脅威から日本を守るためであり、中国全土をあのような戦禍に巻きこんだのは石原莞爾の誤算であったかとそう思います。
>日本が投下した膨大なインフラはほとんどが火事場泥棒のソ連が持ち去り、残りのインフラが後の中国の工業化の礎になりました。工業化が東北から起きたのはそのためです。
ソ連の野望は世界を共産支配下に置くことかと、そして地球を滅亡へと、今にしてみればどうだったのでしょうね?
>>>第4問 朝鮮の農民の多く、、ほとんどは小作農であったが、東洋信託株式会社を設立して 朝鮮の農地を買い占め 朝鮮一の大地主になって、朝鮮人農民を農奴の如く扱い 収穫された米はそのほとんどを日本国内に輸出してるのはなぜだ?
>もちろん、これは商売です。朝鮮の農業生産性は極端に低く到底自立出来ませんでしたが、日本の資本投下により米の生産量は爆発的に増えました。それを日本本土に売っただけのことです。
大変ためになりました。どうもありがとうございました。
黄泉の国さんとは、また異なる見解であろうことかと存じます。
それにしてもみなさん博識なお方ばかりです。
>>>第一問、、現在の日本の繁栄(数十年前の繁栄だね、今は堕落してる)は 敗戦によってもたらされたと思うのか? そうではないのか?
>敗戦時の対処の仕方が日本は際だっていたと言うことですね。潔く自らの劣っていた面を認め、己の力で苦境を切り開いてきたと言うことです。生産力でアメリカの四十分の一と言われながら、当時の先進国の大半を敵にして四十四ヶ月戦えたのは、日本自体にそれだけの力があったと言うことです。
・・何処に余力があったのかと思わせるほどの歴史しか学んできませんでしたがまさに大国を相手によくぞ戦ってくれたものだと先人の貢献に涙がでてまいります。
>敗戦していなければ世界秩序が今と代わるだけであり、アメリカの位置に日本が居たという事でしょう。その方が特亜も幸せだったと思われます。
現在の常識で推測しましても戦いに挑んだことが脅威でしかありません、現代の戦争の形態はハイテク兵器が占めていますが、ハイテク兵器だと一発で片がつきますがあの当時精神で戦っていたことは自明の理ということだと思います。
>>>第2問 戦前戦中の農民の暮らしはどうであったか?ほとんどが小作農家であり、大地主制度ではなかったのか? そうではないのか?
>これはあなたがお答えになっているとおりです。全ての農民が小作人であるとは、土地を国家以外所有出来ない独裁国家のみにある現象です。
>>>敗戦後 農地改革を行い 小作農家に農地を分け与え 現在の農家にしたのは自民党政権であった? そうではなかった? どっちだ?
>戦後の農地改革自体はGHQの主導で当時の政府、今の自民です。しかし、農地改革自体の構想は、戦前にもありましたが、帝国議会の代議員は地主階級が多かったため実現しませんでした。ヨミ君の説では、そんなことはあり得なかったはずなんですが。
黄泉の国氏は、まだまだ黄泉が甘いということですね(笑)なんでも自民党を腐すのが彼の戦法なんでしょう。
>ところで、かつての朝鮮は農奴制であり、それは中国でも同じ事。また、戦後は解放軍が農地を全て地主から取り上げ、地主階級を放逐してしまったため、かろうじて機能していた司法、行政、流通などが全て崩壊してしまいました。全くその経験がない農民上がりの解放軍がそれを再構築しようとしましたが当然上手く行くはずが無く、長期の混乱を中国にもたらしました。その弊害は未だに残っています。
中国の都市部との格差は、日本の戦前かと思わせるほどの変貌ぶりといったところですね。中国全土が北京のような変革を遂げるのは今世紀でありえることでしょうか?
>>>第3問 なぜ、日本政府は満州を欲しがったのだろうか? 屯田兵?として満州へ農家の2男3男を なぜ 送り込んだのだろうか?
>確かに農地の確保もあったでしょう。しかし、当時ほとんど無人の満州をソ連がねらっており、そのままでは日本の国防上きわめて危険だったという理由もあります。満州が開拓された為、過酷な中国から大勢の中国人が満州に移住してきてあっという間に人口が激増しました。
日中戦争の大義名分はソ連の脅威から日本を守るためであり、中国全土をあのような戦禍に巻きこんだのは石原莞爾の誤算であったかとそう思います。
>日本が投下した膨大なインフラはほとんどが火事場泥棒のソ連が持ち去り、残りのインフラが後の中国の工業化の礎になりました。工業化が東北から起きたのはそのためです。
ソ連の野望は世界を共産支配下に置くことかと、そして地球を滅亡へと、今にしてみればどうだったのでしょうね?
>>>第4問 朝鮮の農民の多く、、ほとんどは小作農であったが、東洋信託株式会社を設立して 朝鮮の農地を買い占め 朝鮮一の大地主になって、朝鮮人農民を農奴の如く扱い 収穫された米はそのほとんどを日本国内に輸出してるのはなぜだ?
>もちろん、これは商売です。朝鮮の農業生産性は極端に低く到底自立出来ませんでしたが、日本の資本投下により米の生産量は爆発的に増えました。それを日本本土に売っただけのことです。
これは メッセージ 150878 (tokagenoheso さん)への返信です.
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