時間が経てば分かる-答Nihao先生
投稿者: red_northwestwolf 投稿日時: 2007/11/27 22:32 投稿番号: [148924 / 196466]
題名は宇多田ヒカルさんの歌から借用したもので、自分の考えにぴったり合って、初めて行きつけの本屋さんで聞いた時、すぐ覚えられた。
十数年前、月餅は今ほど氾濫していなかった。中秋節が近づくと、地元のホテルやレストランが一斉に月餅の販売を始める。
贈答用にいつもハイアットで買い付けていた。味がいいのが理由の一つだが、月餅売り場の女の子が奇麗だったのも主な理由だったかもしれない。
清楚で可憐な顔をして、いつも物静かにそこに座っていた。
「またあの子のために買ったね」とよく焼もちを焼かれたものだ。
恋愛禁止の学生時代に公認の「校花」(キャンパスの女王)を連れまわっていた僕の眼力を信じてもらえれば、あの子は紛れもない美人だった。
しかも、町の子(城里人)だった。
ホテルの従業員はあれほど、町出身の若者にとって、人気のある職業だった。
先日、またハイアットに行ったが、あの子はどこへやら姿が消えていた。
従業員の女の子はどうも垢抜けていない感じがして、よく喋り方を聞くと、すごい訛りだった。
なるほど、地方から来た子だった。
でも、みんなの動きは昔と変わらず、洗練されている。
時代が変わり、人間の意識も変わったんだなと痛感した。
若い頃、よく親父に言われた。「不聴老人言、喫虧在眼前」(経験者の話に耳を貸さないと、間もなく損をするに違いない)と、
恋や学業などの失敗と成功をいろいろ体験した今は、世の中に、時間と経験と年齢でしか分からないものがあると信じている。
生まれ育った土地に帰ってきて、少々違和感を感じても、黙々と成長を見守ることにしようと思うことがしばしばある。
答えになってるかどうか分からないが、取り合えず、自分からの返事とさせていただきます。
これは メッセージ 148767 (nihao_aq_jp さん)への返信です.
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