Re: 違う、違う・・
投稿者: xiaorenfanshi 投稿日時: 2007/11/14 13:00 投稿番号: [148224 / 196466]
>もう40年ぐらい昔、私が中国に関心を持ち、中国語の練習を始めた頃、中国では全国で革命をやっておりました。中国とは新中国のことであり、新中国とは「革命中国」に他ならない。<
>やがて、世の中は大きく変わり、今、中国は経済発展の時代です。中国人はみんな金儲けに熱狂しております。<
日本の六十年代、七十年代、八十年代、九十年代・・・と比べて、人口は十倍で熱狂も十倍ですか。
>革命運動から経済発展に・・右から左へ・・或いは、左から右へ、中国は大きく、極端にぶれている。<
昔の日本人を知る中国人も今の日本人の姿に戸惑っています。こちらこそどう考えたらいいでしょうと。戦前と戦後の日本人、表だけでも・・・
(私が別に現象だけに拘ったりするつもりはありませんが。)
でも、
「もう40年ぐらい昔、私が中国に関心を持ち、・・・」
40年ですか、改めて恐縮です。(実は私はまだ40年は生きていません。背伸びしてお話しましょう。)
と言えば、「文化大革命」だったですね。
「文革」については、「誤り」で「悲劇」だったというのは一応現在の認識で、沢山の本も出されているのですが、感情的なものが殆どで、多くの謎が残されているままです。
本格的な研究を始めるには、またこれから60年ぐらいは必要でしょう。(当事者たちは居る間は公平かつ理性的な研究は難しいから)
「文化大革命」当時、十代、二十代に入ったかどうかの若い「革命小将」「紅衛兵」たちは、後の「改革開放」時代の骨幹となって、今も働き盛りです。
nihao_aq_jpさんが言っている「熱狂」というのは、もしかしてこの世代の性格と関係あるかもしれません。何しろ、若いころは、「革命」のため、「越熱越好」と言われながら育った人たちですから。
幼少期から「文化大革命」でろくに学校も通わなかったらしいが、何故か各領域で、内外に名を馳せる有能な方も多く、あのような時代に青春期を送ったことを誇りに思う人も多いようです。
せっかく四十年ぐらいも前から「革命中国」を考えているなら、次の二点を考えてほしいと思います。
1、「新中国」と標榜する「革命中国」の本質的な「古さ」についてです。
「文芸為工農兵服務」や「八個様板戯」などで、文芸界の異様なほどの存在感です。
「文以載道」というのは中国昔からの政治の常道です。
2、当時の中国を覆っていた戦時色です。
アメリカのベトナム戦争の真意は中国攻撃にあると考えたのでしょう。「備戦備荒」のため、工業地区や研究所などを大転移し、そして「革命小将」の「狂乱」で確立されたカリスマ的支配、実はこれこそ外部列強と対抗するための方策です。(ちょっと日本人は何のために「孫子兵法」「三十六計」などに興味を持って読んでいますかよ。)
「打倒美帝国主義及其走狗(日本も入っている)」は当時のスローガンです。
知識人を含め、当時の多くの人たちがその革命のめちゃくちゃぶりを我慢したのも、アヘン戦争以来の外来侵略による「屈辱」に逆戻りするよりマシだと考えたのでしょう。
ところで、
Nihao_aq_jpさんの「違う、違う。」の気持ちも分からないことでもありません。
私の考えでは、これは多分日本社会と中国社会とでは、「伝統」の位置づけが違うとのことと関連があるようです。またいつかお話しましょう。
>やがて、世の中は大きく変わり、今、中国は経済発展の時代です。中国人はみんな金儲けに熱狂しております。<
日本の六十年代、七十年代、八十年代、九十年代・・・と比べて、人口は十倍で熱狂も十倍ですか。
>革命運動から経済発展に・・右から左へ・・或いは、左から右へ、中国は大きく、極端にぶれている。<
昔の日本人を知る中国人も今の日本人の姿に戸惑っています。こちらこそどう考えたらいいでしょうと。戦前と戦後の日本人、表だけでも・・・
(私が別に現象だけに拘ったりするつもりはありませんが。)
でも、
「もう40年ぐらい昔、私が中国に関心を持ち、・・・」
40年ですか、改めて恐縮です。(実は私はまだ40年は生きていません。背伸びしてお話しましょう。)
と言えば、「文化大革命」だったですね。
「文革」については、「誤り」で「悲劇」だったというのは一応現在の認識で、沢山の本も出されているのですが、感情的なものが殆どで、多くの謎が残されているままです。
本格的な研究を始めるには、またこれから60年ぐらいは必要でしょう。(当事者たちは居る間は公平かつ理性的な研究は難しいから)
「文化大革命」当時、十代、二十代に入ったかどうかの若い「革命小将」「紅衛兵」たちは、後の「改革開放」時代の骨幹となって、今も働き盛りです。
nihao_aq_jpさんが言っている「熱狂」というのは、もしかしてこの世代の性格と関係あるかもしれません。何しろ、若いころは、「革命」のため、「越熱越好」と言われながら育った人たちですから。
幼少期から「文化大革命」でろくに学校も通わなかったらしいが、何故か各領域で、内外に名を馳せる有能な方も多く、あのような時代に青春期を送ったことを誇りに思う人も多いようです。
せっかく四十年ぐらいも前から「革命中国」を考えているなら、次の二点を考えてほしいと思います。
1、「新中国」と標榜する「革命中国」の本質的な「古さ」についてです。
「文芸為工農兵服務」や「八個様板戯」などで、文芸界の異様なほどの存在感です。
「文以載道」というのは中国昔からの政治の常道です。
2、当時の中国を覆っていた戦時色です。
アメリカのベトナム戦争の真意は中国攻撃にあると考えたのでしょう。「備戦備荒」のため、工業地区や研究所などを大転移し、そして「革命小将」の「狂乱」で確立されたカリスマ的支配、実はこれこそ外部列強と対抗するための方策です。(ちょっと日本人は何のために「孫子兵法」「三十六計」などに興味を持って読んでいますかよ。)
「打倒美帝国主義及其走狗(日本も入っている)」は当時のスローガンです。
知識人を含め、当時の多くの人たちがその革命のめちゃくちゃぶりを我慢したのも、アヘン戦争以来の外来侵略による「屈辱」に逆戻りするよりマシだと考えたのでしょう。
ところで、
Nihao_aq_jpさんの「違う、違う。」の気持ちも分からないことでもありません。
私の考えでは、これは多分日本社会と中国社会とでは、「伝統」の位置づけが違うとのことと関連があるようです。またいつかお話しましょう。
これは メッセージ 148166 (nihao_aq_jp さん)への返信です.
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