日中関係

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Re: ◇假洋鬼子(ニセ毛唐)雑感

投稿者: xiaorenfanshi 投稿日時: 2007/11/11 15:47 投稿番号: [148137 / 196466]
魯迅先生の作品は難しい。

南方人だからでしょうか、(そうは言っていても、弟の周作仁さんはそうでもありませんが、)
北京官話をペースにした口語化の現代文を書くには、どうもぎこちなさそうと、読む時思う人は少なくありません。
小説「阿Q正伝」は中国人が持っていた後退的心理の一面を抉りだした傑作で、昔から中学教材にも採用されているのですが、最近その難解性と規範的でない文体を問題視され、もう少し後に、高校或いは大学の段階から読ませたらどうか、との議論もありましたね。

魯迅の作品について解説の多い中、やはり一番魯迅が分かる人は周作仁でした。
「阿Q」の名前はどうして「阿Q」なのか、
「Qですよ。其ののっぺらぼうのの顔に内容はなく、辮髪だけは目立つから」(周作仁解釈)
なるほどと思わず納得、あっちこっちに居るのですが、名前も特に必要なし、誰から見ても「阿Q」なんだ、とっても分かりやすい。
ほかに、「傷逝」は恋愛小説の見方に、「それは私たち兄弟のことを書いた作品だよ、私に見せるものだ」と感慨無量な口調で発言したのも興味深いですね。


「阿Q正伝」を始め、魯迅は作品を通して訴えている中国人の国民性や人間像など、中国人のみならず、日本人にも大きな影響を与えたことは間違いなさそうです。

暗に日本と比較して、中国伝統文化など概ね否定的な見方を持ち、晩年「漢字が滅びなければ中国は必ず滅びる」とまで断言し、国民性に対しても悲観的でした。

しかし中国はその予言通りにはなりませんでした。


いくら日本で「徳先生」(デモクラシーのこと)と「賽先生」(サイエンスのこと)を身に付けたと言っても、「阿Q」を見下りしすぎたか、なぜ「阿Q」に假洋鬼子(ニセ毛唐)とかかわれることも考えずに、「阿Q」の心を読み取ろうともしなかったでしょう。

実は、その眼に一丁字もない「阿Q」ですが、普段から「悔不該、酒酔誤斬了鄭賢弟・・・」あれこれとよく地方劇の歌詞を口ずさんでいました。
処刑される直前も、「無師自通」で、今まで一度も口にしたことのない文句を口から吐いた。
「過了二十年又是一条(好漢)」(生まれ変わって二十年目にまた一人前の好漢だ)
やはり芝居の台詞でした。


中国では何億も(無視しようとしても無視できない数ですね)実在していた文字も読めない「阿Q」たちは芝居のお陰で自国の歴史にも精通していました。

幸か不幸か分りませんが、そこから国再生の希望を見出し、そして成功に導いたのは、どうも「徳先生」(デモクラシーのこと)と「賽先生」(サイエンスのこと)を身に付けた「假洋鬼子」(ニセ毛唐)ではありませんでした。



>九月に帰国してきて、<


外国滞在が長ければ長いほど、帰国した後もいろいろと大変ですが、万事順調でありますように。
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)