日中関係

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◇假洋鬼子(ニセ毛唐)雑感

投稿者: red_northwestwolf 投稿日時: 2007/11/08 03:51 投稿番号: [147996 / 196466]
假洋鬼子とは、ニセ毛唐と言う意味、魯迅先生の「阿Q正伝」に登場した人物で、日本で「徳先生」(デモクラシーのこと)と「賽先生」(サイエンスのこと)を身に付けたらしくて、阿Qにニセ毛唐と揶揄され、阿Qに葬式棒に見えるステッキで、阿Qの脳天を思い切り叩いたことがある。
今やもう外国人を装う中国人或いは外国に媚びる中国人の代名詞になっている。

嘗て、大学に合格した時、親父は一緒に上海からこの西北の地に赴任してきた親友達に家のせがれはニセ毛唐になっちゃったよと冗談半分に自慢したことがある。
そう言われた当時、なんとも思わなかったが、最近、2,3の小さな出来ことで、假洋鬼子についていろいろと考えさせられた。


九月に帰国してきて、着替えが足りなくて、買い物に出かけた。
行き先は某有名ブランドの専売店だった。
店に入るなり、早速店員さんに普段着のポロシャツを探していることを伝えた。
ところが、欧米サイズなので、普段XLサイズの僕は、Xサイズでも丈が長かった。
それで、その下のMサイズを試着してみた。しかし、胴囲が足りなくて、20代の時から貫禄腹と自嘲してきたビール腹はやけに出っ張っている。
諦めたところ、店員さんは口を開いた。「Xサイズの裾をズボンに入れれば着れるよ。格好いいし、みんなそうやって着ているよ」と
思わず、「仕事に着ていくわけでもないのに、お前の言う着方じゃ、リラックスできるかよ」と反論した。
後で冷静になって、確かに道行く人には平日でも休日でも、裾をズボンに入れている人が多い。

当初、仲間が最後に阿Qの命まで革命してしまった假洋鬼子が日本から未荘に帰ってきた時、辮髪を切っていたじゃないか。
お母ちゃんに酔っ払いに切られたと庇ってもらうほど未荘の人にとって、宇宙人みたいな存在だった。
でも、假洋鬼子の目には未荘の人々がどう映っていたかも、これまた面白い話題になりそうだが。。。


もう一つ、日本にいた時、地元の国際交流協会でボランティアをやっていた。
仲間に中国出身の帰化した女性が何人かいた。何かに付けて、なまかじりの日本語で話しかけてくる。もう日本人だから日本に慣れる練習をしてるんだと自分を慰めているが、後に、信じられないことをしやがった。
その中の一人が、なんと無断で僕の名前を使って、僕の勤め先の大学の生協で職員割引価格で10数万円の電子機器を購入したのだ。
これには本当にまいった。
せめて、日本社会の基本的な常識を覚えろよと憤りを感じざるを得ない。
毛唐人と呼ばれてもしょうがないなと思うに至った。


さて、西北赤狼君、お前自身はどうなのかと言うと、話は長くなるから、簡潔にお話しましょう。
司馬遼太郎が好きでしょうがない。自分の足で自分の目で各地を歩き回り、その土地、土地の歴史、風習、風土を描写する行間から、こよなくこの日本を愛する気持ちが滲み出ている。
恥ずかしい話だが、自分が中国の出版事情に疎いせいか、そのような紀行文を見たことがない。
日本と係わる以上、日本を知る、日本的心情を感じ取るのは、必要で楽しみなのだ。

でも、ある日本の方にいつも申し訳ない気がして、何をして差し上げても、御恩に報いきれない。
ほかの人から聞いたのですが、地元の有名人で、市役所から普通の会合まで至るところで僕が彼の義理の息子だと宣言している。
周りからも言われるが、彼からも打診されたこともある。
絶対損をしないから、日本に帰化する気があるかと。
当然、決まって、日本人になりきれないから、無理だと断った。日本は好きだが、いつも自分が中国人であることを意識して行動している。
何故かと言えば、中国という看板を掲げているからだ。それを汚さずに、苦しみも楽しみも共にしたいだけだ。

いつまで日本にいるは分からなかったが、年に二度ある彼岸、お盆の休みに必ず近所のお寺で無縁仏を拝んでいた。これが「假洋鬼子」の流儀だ。

生まれ変わってもまた中国人をやろうじゃないかと前々から心に決めているのだ。
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