Re: ◆奇怪日本-外来反逆者を育てる社会
投稿者: red_northwestwolf 投稿日時: 2007/11/04 23:51 投稿番号: [147842 / 196466]
>具体的にどのような事例があるか、教えていただければありがたく存じます。<<
前世紀90年代の話ですが、生涯忘れられない体験をしました。
お得意様との一日の煩雑な仕事が終わり、エレベーターまで見送って下さいました。
お別れの挨拶を交わした後、そのお得意様は私に向かって深深(ふかぶか)と一礼しました。
エレベーターに乗り、目をドアのほうに向けたら、あの方は依然として一礼のままの姿勢でそこに立っていました。
ドアが完全に閉まる寸前、隙間から見たら、漸く向こうが後退し始め、しかも、腰を90度曲げたままの姿勢で、一歩、二歩と下がっていったのです。
その一礼から、相手の自分への感謝の気持ちと敬意を感じたほか、「なるほど、これが日本人なんだ」と、日本人のこの作法にも深い意味が込められていることが初めて理解できました。
日常生活で、深くお辞儀をされることがシバシバあったけど、あれほど感銘を受けたことがありません。
「郷に入れば俗に従え」というけど、頭は簡単に下げるもんじゃないという意識が強くて、中々真似することができません。
真似ができても、心からの感情の流露とはまた違うものに変容してしまいます。
心の中では日本社会に溶け込んで受け入れてもらおうと思うが、現実はそう簡単にはうまく行かないものがあります。
猛烈に悩んでいるところです。
勿論、これができなければ許さない日本人は少ないと思うが。。。
お通夜の後、亡くなった者の隣で、忘年会みたいに飲み食いするとか、平気で仏壇から仏様に上げた物を取って食べるとか、等等、受け入れないと普通に日本人同士みたいにお付き合いできず、いつまでも、異属と看做されてしまいます。
いずれも生活上の些細なことですが、自我と日本の流儀という矛盾と戦わなければならないような気がします。
角度を変えてみれば、一々拘らなくても別に生きていけないわけがないから、余計な心配と言えば、実はそうなのかも知れません。
これは メッセージ 147823 (run_run72 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffccf4x78_1/147842.html