Re: 朝青龍(3)cobapics0506zさんへ1
投稿者: cobapics0506z 投稿日時: 2007/08/26 01:24 投稿番号: [144649 / 196466]
お久しぶりです。
それでは幾つかの重要だと思う所を、私の考え方を述べます。
>なるほど、焚書坑儒が、完全に行われていなかったから、論語が読める、と言う理屈ですね。
徹底的、を「完全」と解すればそうなるでしょうね。
しかし、私は、依然としてあなたのおっしゃることは詭弁と感じますよ。<
どこが詭弁ですか。
2007/ 8/19 5:57 [ No. 144648 ]のレスであなたは、
>徹底的、ではないというのは、詭弁のような気もしますが。<
と言っています。「徹底的」であったかどうかについて私は、少なくともあなたのように「気がする」とか「感じる」とかのような主観的断定ではなくて、証拠を挙げて【徹底的】ではないと論じています。
>博士官が保存する書物は除かれたとあるので儒家の経書が全く滅びたというわけではなく、楚漢の戦火をへながらも、漢に伝えられた<
あなたは「徹底的」だと断ずる根拠は?
>日本で、思想犯の血族を滅ぼした、と言う事例を、
>ほとんど思い当たらないんですが。<
思い当たらなければ、調べればいい。
悪いけど「思い当たらない」というのは、僕から見ればですよ、この場合【隠しておきたい】と同じ意味しますが。
>あなたのおっしゃったことですが、南北朝の政争で儒者が流刑になったり、殺されたりした事例があったのでしょうか?<
ありますよ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%8C%E9%86%8D%E9%86%90%E5%A4%A9%E7%9A%87#.E8.AB.96.E8.A9.95
>1321年に後宇多院に代わり親政をはじめた後醍醐天皇に重用されて後醍醐とともに宋学(朱子学)を学び、後醍醐の討幕計画では中枢にいた。1324年に計画が北条氏が朝廷監視のために設置していた京都の六波羅探題に察知された正中の変では日野俊基らとともに捕縛されて鎌倉へ送られ、佐渡島へ流罪となる。1331年に後醍醐老臣の吉田定房の密告でふたたび討幕計画が露見した元弘の変が起ると、資朝は佐渡で処刑される。<
後醍醐天皇及びその側近は、流罪や処刑された。彼等は朱子学を尊重し、儒者の学びをしていた。思想的にこれは22・6事件辺りまで尾を引いたのです。
本来、宗教や思想の弾圧の話をしていたと思う。なぜあなたは
>わざわざ、十族としたのは、連座して殺されたのは、九族どころか、おっしゃるとおり、弟子や使用人まで殺されたからです。<
の話に持っていくの?使用人の誰が殺されたの?根拠は?
>日本人は、思想犯の九族を殺す、という思考はしない、と言っているのです。<
笑・・・こんな言い方をするから、こっちもきつい言い方を返そう。
大凡、日本人は思想犯の九族どころか、百族だって殺したかった。ただしそれほど【思想】と称してもいい思想家が存在しなかっただけの話でしょ?
此れを見てみよ。
http://www3.kiwi-us.com/~ingle/question/militarism.html
>「思想弾圧について言えば、日本ほどひどい国はちょっと例をみないのです。つまり法律を駆使して思想弾圧を全面的に展開するのですが、それはきわめて細かいところまで組織化されておりまして、これほどの思想弾圧という形でやった国はほかにないのではないかと思います<
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%A6%E5%89%8D%E3%83%BB%E6%88%A6%E4%B8%AD%E6%9C%9F%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%AB%96%E5%BC%BE%E5%9C%A7_%28%E5%B9%B4%E8%A1%A8%29
悪いけど、あなたにはこれらの歴史事実を認めてもらうには、むづかしいだろうな。
続く
それでは幾つかの重要だと思う所を、私の考え方を述べます。
>なるほど、焚書坑儒が、完全に行われていなかったから、論語が読める、と言う理屈ですね。
徹底的、を「完全」と解すればそうなるでしょうね。
しかし、私は、依然としてあなたのおっしゃることは詭弁と感じますよ。<
どこが詭弁ですか。
2007/ 8/19 5:57 [ No. 144648 ]のレスであなたは、
>徹底的、ではないというのは、詭弁のような気もしますが。<
と言っています。「徹底的」であったかどうかについて私は、少なくともあなたのように「気がする」とか「感じる」とかのような主観的断定ではなくて、証拠を挙げて【徹底的】ではないと論じています。
>博士官が保存する書物は除かれたとあるので儒家の経書が全く滅びたというわけではなく、楚漢の戦火をへながらも、漢に伝えられた<
あなたは「徹底的」だと断ずる根拠は?
>日本で、思想犯の血族を滅ぼした、と言う事例を、
>ほとんど思い当たらないんですが。<
思い当たらなければ、調べればいい。
悪いけど「思い当たらない」というのは、僕から見ればですよ、この場合【隠しておきたい】と同じ意味しますが。
>あなたのおっしゃったことですが、南北朝の政争で儒者が流刑になったり、殺されたりした事例があったのでしょうか?<
ありますよ。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BE%8C%E9%86%8D%E9%86%90%E5%A4%A9%E7%9A%87#.E8.AB.96.E8.A9.95
>1321年に後宇多院に代わり親政をはじめた後醍醐天皇に重用されて後醍醐とともに宋学(朱子学)を学び、後醍醐の討幕計画では中枢にいた。1324年に計画が北条氏が朝廷監視のために設置していた京都の六波羅探題に察知された正中の変では日野俊基らとともに捕縛されて鎌倉へ送られ、佐渡島へ流罪となる。1331年に後醍醐老臣の吉田定房の密告でふたたび討幕計画が露見した元弘の変が起ると、資朝は佐渡で処刑される。<
後醍醐天皇及びその側近は、流罪や処刑された。彼等は朱子学を尊重し、儒者の学びをしていた。思想的にこれは22・6事件辺りまで尾を引いたのです。
本来、宗教や思想の弾圧の話をしていたと思う。なぜあなたは
>わざわざ、十族としたのは、連座して殺されたのは、九族どころか、おっしゃるとおり、弟子や使用人まで殺されたからです。<
の話に持っていくの?使用人の誰が殺されたの?根拠は?
>日本人は、思想犯の九族を殺す、という思考はしない、と言っているのです。<
笑・・・こんな言い方をするから、こっちもきつい言い方を返そう。
大凡、日本人は思想犯の九族どころか、百族だって殺したかった。ただしそれほど【思想】と称してもいい思想家が存在しなかっただけの話でしょ?
此れを見てみよ。
http://www3.kiwi-us.com/~ingle/question/militarism.html
>「思想弾圧について言えば、日本ほどひどい国はちょっと例をみないのです。つまり法律を駆使して思想弾圧を全面的に展開するのですが、それはきわめて細かいところまで組織化されておりまして、これほどの思想弾圧という形でやった国はほかにないのではないかと思います<
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%A6%E5%89%8D%E3%83%BB%E6%88%A6%E4%B8%AD%E6%9C%9F%E6%97%A5%E6%9C%AC%E3%81%AE%E8%A8%80%E8%AB%96%E5%BC%BE%E5%9C%A7_%28%E5%B9%B4%E8%A1%A8%29
悪いけど、あなたにはこれらの歴史事実を認めてもらうには、むづかしいだろうな。
続く
これは メッセージ 144646 (run_run72 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffccf4x78_1/144649.html