Re: 朝青龍(3)
投稿者: cobapics0506z 投稿日時: 2007/08/19 01:31 投稿番号: [144239 / 196466]
run_run72 さん
お答えを戴き、ありがとうございました。
>始皇帝の時代。(語源ですね)<
厳密的に言うと、「焚書坑儒」というのは一回だけです。伝統とはいえません。つまり本、書物を焼くことと、儒者を排除することの二つでした。儒者を排除すると言っても、全てではありませんでした。始皇帝の側近も儒者がいましたから。だから【徹底的】にと言っても、それは誇張した言い方です。現に李斯という儒者の讒言によって、実行されたが、彼自身は儒者でした。
>曹操が儒者を弾圧しています。<
当時の読書人を全部儒者と言っていいかどうかの問題もありますが。曹操は確かに読書人を殺したことは間違いありません。
>明代には、方孝孺と言う人が九属を滅ぼされたとされています。<
此れも政争の犠牲者と言って良いのでしょう。【燕賊竄位】と書いてね、家族や弟子の皆が殺されても屈していなかった人です。
>近くは文化大革命<
此れはある意味、言えています。本も焼いたし、知識人が流刑の地へ。
>天安門。<
これはやや違いますね。
もしあなたの広義的解釈(歴史的事実ではなく)で行きますと、多分中国に限らず、世界のどこでも類似の知識人殺戮事件があったと思う。古代にはソクラテス、地動説と中世の宗教弾圧、ドイツナチスの知識人への加害など枚挙に暇ない。
日本も一緒だよ。まあ焼くほどの書物が存在しないから、焼いてないが、儒者弾圧となってくると、古代から近代に至るまで数え切れないほど多い。
例えば戦前の皇室批判の取締り監視は、上は軍人・政治家から、下は巡査・教師までが、虎の威ならぬ、天皇の名を借りて、己の権力遂行・権力誇示に利用する道具として、多くの知識人を投獄し、牢死させた。津田左右吉がその例でしょう。
まあ遡って江戸時代のキリスト教弾圧、さらにその前、南北朝の政争に多くの儒者が流刑の地か、殺されてしまった。
もっと具体に例を挙げ、と言うなら、これから用意はしますけど。
あなたの解釈に従って
>焚書坑儒と言う言葉には学問の弾圧、敵対する言論の封殺、
と言う意味がありますので<
で論じていくと、日本は確実にさような伝統が浮き彫りになってきますけど。
>少なくとも、中国及び中国人は、
日本が去ってすぐ、チベットに入り込み、
侵略を開始した、とそう認識しています<
それはあなたの認識であればそれでいいじゃない。
しかしこの言いすぎに加え、先のどちらかといえば史実に沿わない、「焚書坑儒」の広義的解釈は、あなたの認識の危うさをあらわしていないか?
>平家物語、太平記、全て敗者の側から書かれていますが。<
どちらかといえば、平家物語は、物語であり、歴史記述とは別の性格を持つものです。太平記もしかり。
くどいけれど、質問はこうだ。
>日本は例外だというなら、どこが例外ですか?例えば近代以前、日本の歴史上は、どのように「敗者」に配慮したのか?<
つまり正史以外の歴史について聞きたかった。
いくらなんでも能楽を持ってくると、やや納得しませんが。
以下申し訳ないのですが、省略します。
要するに拡大解釈、推測、言いすぎなどでは、多分より建設的な議論になれないと思います。
ただし思想弾圧の意味で言えば、古代社会は常にそうであり、日本も決して例外ではない。
あなたは中国についていろいろ言ったのだから、僕も日本の事を羅列すれば事足りるのではありません。
客観的に自分の国を認識し、他国の事も認識し、より堅実に物事を捉えるように努力すればいい、と言うのを、僕は言いたい。
ご返答を戴き、再度ありがとうございました。
お答えを戴き、ありがとうございました。
>始皇帝の時代。(語源ですね)<
厳密的に言うと、「焚書坑儒」というのは一回だけです。伝統とはいえません。つまり本、書物を焼くことと、儒者を排除することの二つでした。儒者を排除すると言っても、全てではありませんでした。始皇帝の側近も儒者がいましたから。だから【徹底的】にと言っても、それは誇張した言い方です。現に李斯という儒者の讒言によって、実行されたが、彼自身は儒者でした。
>曹操が儒者を弾圧しています。<
当時の読書人を全部儒者と言っていいかどうかの問題もありますが。曹操は確かに読書人を殺したことは間違いありません。
>明代には、方孝孺と言う人が九属を滅ぼされたとされています。<
此れも政争の犠牲者と言って良いのでしょう。【燕賊竄位】と書いてね、家族や弟子の皆が殺されても屈していなかった人です。
>近くは文化大革命<
此れはある意味、言えています。本も焼いたし、知識人が流刑の地へ。
>天安門。<
これはやや違いますね。
もしあなたの広義的解釈(歴史的事実ではなく)で行きますと、多分中国に限らず、世界のどこでも類似の知識人殺戮事件があったと思う。古代にはソクラテス、地動説と中世の宗教弾圧、ドイツナチスの知識人への加害など枚挙に暇ない。
日本も一緒だよ。まあ焼くほどの書物が存在しないから、焼いてないが、儒者弾圧となってくると、古代から近代に至るまで数え切れないほど多い。
例えば戦前の皇室批判の取締り監視は、上は軍人・政治家から、下は巡査・教師までが、虎の威ならぬ、天皇の名を借りて、己の権力遂行・権力誇示に利用する道具として、多くの知識人を投獄し、牢死させた。津田左右吉がその例でしょう。
まあ遡って江戸時代のキリスト教弾圧、さらにその前、南北朝の政争に多くの儒者が流刑の地か、殺されてしまった。
もっと具体に例を挙げ、と言うなら、これから用意はしますけど。
あなたの解釈に従って
>焚書坑儒と言う言葉には学問の弾圧、敵対する言論の封殺、
と言う意味がありますので<
で論じていくと、日本は確実にさような伝統が浮き彫りになってきますけど。
>少なくとも、中国及び中国人は、
日本が去ってすぐ、チベットに入り込み、
侵略を開始した、とそう認識しています<
それはあなたの認識であればそれでいいじゃない。
しかしこの言いすぎに加え、先のどちらかといえば史実に沿わない、「焚書坑儒」の広義的解釈は、あなたの認識の危うさをあらわしていないか?
>平家物語、太平記、全て敗者の側から書かれていますが。<
どちらかといえば、平家物語は、物語であり、歴史記述とは別の性格を持つものです。太平記もしかり。
くどいけれど、質問はこうだ。
>日本は例外だというなら、どこが例外ですか?例えば近代以前、日本の歴史上は、どのように「敗者」に配慮したのか?<
つまり正史以外の歴史について聞きたかった。
いくらなんでも能楽を持ってくると、やや納得しませんが。
以下申し訳ないのですが、省略します。
要するに拡大解釈、推測、言いすぎなどでは、多分より建設的な議論になれないと思います。
ただし思想弾圧の意味で言えば、古代社会は常にそうであり、日本も決して例外ではない。
あなたは中国についていろいろ言ったのだから、僕も日本の事を羅列すれば事足りるのではありません。
客観的に自分の国を認識し、他国の事も認識し、より堅実に物事を捉えるように努力すればいい、と言うのを、僕は言いたい。
ご返答を戴き、再度ありがとうございました。
これは メッセージ 144230 (run_run72 さん)への返信です.
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