Re: 朝青龍(3)
投稿者: run_run72 投稿日時: 2007/08/18 23:50 投稿番号: [144230 / 196466]
cobapics0506zさん
こんばんは
>もし【伝統】と言うなら、歴史上に絶えずに繰り返した事象だと思うのですが、「焚書坑儒」って、中国の歴史に何回ありましたか?あなたのご存知の範囲でよいのですから、教えてくれませんか?
知っている範囲、と言うことですので、
率直に答えます。
始皇帝の時代。(語源ですね)
曹操が儒者を弾圧しています。
明代には、方孝孺と言う人が九属を滅ぼされたとされています。
近くは文化大革命。
天安門。
焚書坑儒と言う言葉には学問の弾圧、敵対する言論の封殺、
と言う意味がありますので、今でも、
日常茶飯事でしょうね。
>前213年、秦の始皇帝が行った、主として儒家に対する思想言論弾圧。民間にあった医薬・卜筮(ぼくぜい)・農事などの実用書以外の書物を焼き捨て、翌年、始皇帝に批判的な学者約460人を坑(あな)に埋めて殺したといわれる。転じて、学問や思想に対する弾圧をいう。
大辞泉より(yahooのweb上の辞書を参照して下さい)
また、歴代政権はおそらくやっているでしょうね。
中国には、敵対する勢力や、
政権に反対したり、謀反の疑いをかけられた場合、
九族を滅殺する、ということがしばしば行われたようですが、
それを徹底的な弾圧と言わずしてなんと言いましょうか。
>ただし「破壊つくされた」というのは、初耳というか、やや誇張しすぎではないかなと?
寺院が破壊つくされた、というのは言いすぎかもしれません。
寺院は残っているものがありますからね。
しかし、チベット人の魂ともいうべき、
括仏の選考について、中国が容喙しています。
チベットでもっとも尊重されるべき、宗教指導者を拘束したり
誘拐したり、傀儡として使おうとしたり。
ダライラマ14世もいずれなくなられるでしょうが、
チベットの伝統的なやり方で、次代のダライラマ15世が見出されるか。
大いに疑問ですね。
http://www.tibethouse.jp/panchen_lama/pl.html
少なくとも、中国及び中国人は、
日本が去ってすぐ、チベットに入り込み、
侵略を開始した、とそう認識しています。
寺院が全て破壊されたわけではない、それは確かに私の言いすぎです。
しかし、寺院のみ残して、
肝心の仏を追い出し、弾圧して、それで、
寺院は残ってるじゃないか、というのはどうなんでしょうかね。
>>もしかしたら、近代以前は、どこの国でも(日本以外は)そうなのかもしれません。敗者は一顧だにされなかったのかも。<
もしかしたら、と言っていますが。
つまり推測です。
しかし、勝者の側しか歴史が残らない、ということは別に不思議ではありません。
たとえば、スペインに滅ぼされたインカ。
アメリカに滅ぼされたインディオ。
伝承くらいしか残っていないのではないですか。
>日本は例外だというなら、どこが例外ですか?例えば近代以前、日本の歴史上は、どのように「敗者」に配慮したのか?
平家物語、太平記、全て敗者の側から書かれていますが。
また、能楽で現在演じられているもので、
戦争物(修羅物)のほとんどは、敗者の側にスポットをあててます。
この点については、アイバン モリスとかが注目して(マイナーかな)
本などを書いていますね。
中国では、項羽と劉邦の話、虞や虞や汝を如何せん(字は違うかもしれません)はありますけど。
>中国の正史とは、どのような歴史を指すのですか?それ以外のは、何を指すのですか?例えば日本の正史以外に、こんな歴史もあるのに、中国、韓国、北には何もなく、どのような経緯で排除されたのか?
正史というのは、中国の政権が定めた正式の歴史書をいいます。
『晋書』『梁書』『陳書』『周書』『隋書』等々がこれにあたるでしょうが、
日本ではこのような歴史は編まれたことはありません。
水戸光圀が大日本史を編纂していますが、
別に正史じゃない。
幕府に反対するような思想も盛り込まれています。
つまり、公式の歴史書を編纂していたことを言っているんです。
そういう伝統があると。
日本にはないものです。
また、罪を犯したものの血縁者が殺されることはあっても、
九族というのはありえない。
徹底的な弾圧ですね。
九族が滅殺された場合、彼らの中の思想信条も当然消え去るわけですから。
で、失脚した人間の記録が消されるなんてことは、
中国や北朝鮮ではよくあることではないのですか?
>もし【伝統】と言うなら、歴史上に絶えずに繰り返した事象だと思うのですが、「焚書坑儒」って、中国の歴史に何回ありましたか?あなたのご存知の範囲でよいのですから、教えてくれませんか?
知っている範囲、と言うことですので、
率直に答えます。
始皇帝の時代。(語源ですね)
曹操が儒者を弾圧しています。
明代には、方孝孺と言う人が九属を滅ぼされたとされています。
近くは文化大革命。
天安門。
焚書坑儒と言う言葉には学問の弾圧、敵対する言論の封殺、
と言う意味がありますので、今でも、
日常茶飯事でしょうね。
>前213年、秦の始皇帝が行った、主として儒家に対する思想言論弾圧。民間にあった医薬・卜筮(ぼくぜい)・農事などの実用書以外の書物を焼き捨て、翌年、始皇帝に批判的な学者約460人を坑(あな)に埋めて殺したといわれる。転じて、学問や思想に対する弾圧をいう。
大辞泉より(yahooのweb上の辞書を参照して下さい)
また、歴代政権はおそらくやっているでしょうね。
中国には、敵対する勢力や、
政権に反対したり、謀反の疑いをかけられた場合、
九族を滅殺する、ということがしばしば行われたようですが、
それを徹底的な弾圧と言わずしてなんと言いましょうか。
>ただし「破壊つくされた」というのは、初耳というか、やや誇張しすぎではないかなと?
寺院が破壊つくされた、というのは言いすぎかもしれません。
寺院は残っているものがありますからね。
しかし、チベット人の魂ともいうべき、
括仏の選考について、中国が容喙しています。
チベットでもっとも尊重されるべき、宗教指導者を拘束したり
誘拐したり、傀儡として使おうとしたり。
ダライラマ14世もいずれなくなられるでしょうが、
チベットの伝統的なやり方で、次代のダライラマ15世が見出されるか。
大いに疑問ですね。
http://www.tibethouse.jp/panchen_lama/pl.html
少なくとも、中国及び中国人は、
日本が去ってすぐ、チベットに入り込み、
侵略を開始した、とそう認識しています。
寺院が全て破壊されたわけではない、それは確かに私の言いすぎです。
しかし、寺院のみ残して、
肝心の仏を追い出し、弾圧して、それで、
寺院は残ってるじゃないか、というのはどうなんでしょうかね。
>>もしかしたら、近代以前は、どこの国でも(日本以外は)そうなのかもしれません。敗者は一顧だにされなかったのかも。<
もしかしたら、と言っていますが。
つまり推測です。
しかし、勝者の側しか歴史が残らない、ということは別に不思議ではありません。
たとえば、スペインに滅ぼされたインカ。
アメリカに滅ぼされたインディオ。
伝承くらいしか残っていないのではないですか。
>日本は例外だというなら、どこが例外ですか?例えば近代以前、日本の歴史上は、どのように「敗者」に配慮したのか?
平家物語、太平記、全て敗者の側から書かれていますが。
また、能楽で現在演じられているもので、
戦争物(修羅物)のほとんどは、敗者の側にスポットをあててます。
この点については、アイバン モリスとかが注目して(マイナーかな)
本などを書いていますね。
中国では、項羽と劉邦の話、虞や虞や汝を如何せん(字は違うかもしれません)はありますけど。
>中国の正史とは、どのような歴史を指すのですか?それ以外のは、何を指すのですか?例えば日本の正史以外に、こんな歴史もあるのに、中国、韓国、北には何もなく、どのような経緯で排除されたのか?
正史というのは、中国の政権が定めた正式の歴史書をいいます。
『晋書』『梁書』『陳書』『周書』『隋書』等々がこれにあたるでしょうが、
日本ではこのような歴史は編まれたことはありません。
水戸光圀が大日本史を編纂していますが、
別に正史じゃない。
幕府に反対するような思想も盛り込まれています。
つまり、公式の歴史書を編纂していたことを言っているんです。
そういう伝統があると。
日本にはないものです。
また、罪を犯したものの血縁者が殺されることはあっても、
九族というのはありえない。
徹底的な弾圧ですね。
九族が滅殺された場合、彼らの中の思想信条も当然消え去るわけですから。
で、失脚した人間の記録が消されるなんてことは、
中国や北朝鮮ではよくあることではないのですか?
これは メッセージ 144226 (cobapics0506z さん)への返信です.
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