日中関係

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Re: 特攻隊・・・彼らの気持ち

投稿者: mirokuninoti 投稿日時: 2007/07/20 23:47 投稿番号: [142219 / 196466]
>死んだ者は何を言いたい?   彼らを思うのなら、彼らの気持ちを語れ。
>彼らに代わって彼らの本音(ほんね)をこそ語りなさい。



  本音は「死にたくなかった」に決まってんだろうが。

  まだ23歳ですよ。
 
  少年兵にいたっては15〜18。
 
  ご老体にわからぬと思うが、若い健康体が、死の壁を越えるには、精神が破綻でもせぬ限り無理である。
 
  彼等はそれを「正気」で乗り越えている。
 

  はっきり言って、仏陀より「悟りを開いている」と思いますけど??


  その悟りの上での、彼らの遺書であり言葉なんである。
  
  「本音」でなくて書けるかね。
 
  本土決戦が近く、日本には原爆が18発落とされる予定だった。
 
  まさに絶滅させられるところまで行っていたんだぞ。
 

***
 
  歴史の蹉跌は民族の滅亡ではありません。

  父上たちの長命をお祈りいたします。
 
  かならず新しい日本が訪れるはずです。
 
  国民は死を急いではなりません。

  では御機嫌よう。

   
  出発前

 
  名をも身をもさらに惜しまずもののふは   守り果さむ大和島根を

***
 

>死んだ者は、それで英雄にされることを願っておらない。


  だからといって、日本人の手によって、貶められる事は夢にだに思っていなかっただろうに。

  ましてや、陛下が靖国に御親拝もされないとは露とも思っていなかったと思う。
 
 
  それもこれも日本のぶっさよ野党社会党が騒ぎ立てたせいで。
  
 

  日本では戦後、彼らの生き残りを愚連隊とか呼んでいたのだぞ。
 
  特攻崩れとか、犬死にだとか、やくざになったものも多数。
  
 
  それが「正当な評価」といえるのかね。
 
 
>「止めてくれ、死なねばならぬようなことは、止めてくれ。自分のような、こんな死に方をさせてくれるな」と言いたいだろう。


  これも本音だが、それでも彼等は「実行」したのだよ。
 
  
  特攻一号と言われる、関さんはこういっていた。

***
  昭和13年に陸軍士官学校に合格したが、一人息子であることを理由に資格を取り消された為、両親に養女縁組を願い、同年師走に海軍兵学校へ入学。
***
  昭和19年9月末。結婚したばかりの妻を残し、台湾から最前線フィリピンへ進出した関は、第201航空隊分隊長として神風(しんぷう)特攻の打診を受ける。

  何秒か考えたのち、承諾した彼であったが、こうこぼしたとも伝えられている。

  「俺のようなパイロットをこんな風に殺すようでは日本もおしまいだ。」
***


  これも本音だろう。
  
  特攻を始めたのはやはり海軍だったのだよね。
 
  彼こそ「強制的」に特攻第一号に選ばれ、従わされた。

  
***
  軍神と崇められた彼であったが、戦後の評価は厳しかった。

  関の妻は再婚し、実母は愛息の墓碑を作ろうと精勤したが、望みをかなえられぬうちに他界。
 
  故郷松山に有志の手によってそれが建立されたのは昭和29年の事であった。
***
  「俺は、君のためにこそ死ににいく」パンフより

 
  実母は墓も建てられないくらい責められていたのでしょう??
 
  こんな不合理な事がありますか??
 
  いつまで彼らを貶めたら気が済むんだよ。
 
  彼等は正当に評価されたいと思っているに決まっているだろうが。
 
  自分の命を賭したんだぞ。

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