Re: 謝罪すべきは国際法違反常習国家中国
投稿者: jptmd2004 投稿日時: 2007/06/30 12:55 投稿番号: [140577 / 196466]
日本は盧溝橋事件後の停戦調停条約を無視して、朝鮮半島の侵略併合、偽満国を作り上げたような手法を再現しようとして、日本邦人を保護することを口実に謀略を図って、中国側からの了承を得ずに勝手に華北派兵して、第二の「欺瞞」満州国を作ろうとしていた。
上海第二次事件に関しては、上海第一次事件を引き起こしたような謀略を図った日本側は、大山中尉と運転手に上海虹橋空港に向かせた。
日中間での盧溝橋事件の後解決に向けた大事な会議が開かれる当日には、「規律の厳しい日本軍(自称)」の大山中尉が空港に向って、警備隊員の命令に従わなくて射殺されたことが上海第二次事件の発端となったとされている。
8月11日に中国側の了承を得ずにした日本は同日夜、陸戦隊1支隊を、中国側の了承を得ずにして、「予防」のために上陸させた。
8月12日に、中国正規軍本隊がそれに対応して上海まで集結前進、国際共同租界の日本人区域を包囲した。このため、日本領事は国際委員会を再び召集し、中国軍の撤退を要求した。
8月13日未明、中国の保安隊と日本便衣兵が16:00まで交戦。
8月13日には、10000人の日本兵が上陸した。
。。。
8月22日、上海派遣軍の帝国陸軍3個師団が、上海北部沿岸に艦船砲撃の支援の下で、上陸に成功。
停戦、撤退交渉については、イギリスやフランスが仲介に入ったが、日本は長期にわたって企んだ計画を実施し、つまり全面侵略戦争に突入した。
日本が十分な食料を持たずに軽装して南京攻撃に入った。
沿道つまり、揚子江デルタで、三光政策を講じて30万人以上を殺した。
南京大虐殺についての裁判審理は、日本側が日本軍の金で日本軍からの民間団体に依頼して、南京で虐殺した死体を数十万人、川にも数十万人の死体を捨てたと事実を認めたものであった。
>国民党の情報から明らかになった事
スマイス 国民党から金をもらって調査、調査の有効性に疑問
ティンパーレイ 国民党の顧問、伝聞情報
ベイツ(M. S. Bates ) 国民党の顧問、伝聞情報
その他、既知の事実
ヴォートリン(Minnie Vautrin )女史の日記 「金陵女子文理学院は米国旗でセーフ」
ラーべ(John H. D. Rabe) 日本軍に安全区委員会代表として感謝状を提出。日記は全て伝聞情報。
<<<
証拠が否定できずに、個人攻撃に走るバカゲロがウヨウヨする。
南京大虐殺に関した報道がリアルタイムで世界に発信され、日記としても、記されていた。
仮に裁判では、証言がなくても、日本軍の依頼で収容した数十万人の死体が日本側を断罪できる状況証拠となる。
誰が、いつ、どこで、誰をころしたか検証する意味がない。
つまりだ、原爆投下で被爆して死んだ人が、何をしていたかについての検証は全く意味がない。被爆して死んだ事実だけを取り上げてそれを状況証拠としてよい。
日本は以前に、済南事件や平頂山事件などでは、民間人を大量虐殺した「事績」もあった。
上海第二次事件に関しては、上海第一次事件を引き起こしたような謀略を図った日本側は、大山中尉と運転手に上海虹橋空港に向かせた。
日中間での盧溝橋事件の後解決に向けた大事な会議が開かれる当日には、「規律の厳しい日本軍(自称)」の大山中尉が空港に向って、警備隊員の命令に従わなくて射殺されたことが上海第二次事件の発端となったとされている。
8月11日に中国側の了承を得ずにした日本は同日夜、陸戦隊1支隊を、中国側の了承を得ずにして、「予防」のために上陸させた。
8月12日に、中国正規軍本隊がそれに対応して上海まで集結前進、国際共同租界の日本人区域を包囲した。このため、日本領事は国際委員会を再び召集し、中国軍の撤退を要求した。
8月13日未明、中国の保安隊と日本便衣兵が16:00まで交戦。
8月13日には、10000人の日本兵が上陸した。
。。。
8月22日、上海派遣軍の帝国陸軍3個師団が、上海北部沿岸に艦船砲撃の支援の下で、上陸に成功。
停戦、撤退交渉については、イギリスやフランスが仲介に入ったが、日本は長期にわたって企んだ計画を実施し、つまり全面侵略戦争に突入した。
日本が十分な食料を持たずに軽装して南京攻撃に入った。
沿道つまり、揚子江デルタで、三光政策を講じて30万人以上を殺した。
南京大虐殺についての裁判審理は、日本側が日本軍の金で日本軍からの民間団体に依頼して、南京で虐殺した死体を数十万人、川にも数十万人の死体を捨てたと事実を認めたものであった。
>国民党の情報から明らかになった事
スマイス 国民党から金をもらって調査、調査の有効性に疑問
ティンパーレイ 国民党の顧問、伝聞情報
ベイツ(M. S. Bates ) 国民党の顧問、伝聞情報
その他、既知の事実
ヴォートリン(Minnie Vautrin )女史の日記 「金陵女子文理学院は米国旗でセーフ」
ラーべ(John H. D. Rabe) 日本軍に安全区委員会代表として感謝状を提出。日記は全て伝聞情報。
<<<
証拠が否定できずに、個人攻撃に走るバカゲロがウヨウヨする。
南京大虐殺に関した報道がリアルタイムで世界に発信され、日記としても、記されていた。
仮に裁判では、証言がなくても、日本軍の依頼で収容した数十万人の死体が日本側を断罪できる状況証拠となる。
誰が、いつ、どこで、誰をころしたか検証する意味がない。
つまりだ、原爆投下で被爆して死んだ人が、何をしていたかについての検証は全く意味がない。被爆して死んだ事実だけを取り上げてそれを状況証拠としてよい。
日本は以前に、済南事件や平頂山事件などでは、民間人を大量虐殺した「事績」もあった。
これは メッセージ 140574 (ipodsd さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffccf4x78_1/140577.html