Re: チャイナの有力者とアヘン
投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2007/06/22 15:15 投稿番号: [139781 / 196466]
>何「崩壊寸前」か?中国共産党の?中国経済の?それでもソ連のように中国の国の「崩壊寸前」か?なんでもかんでも「日本のODA」の御蔭で自慢するではない。
戦後から1970年代後半までにチャイナでは数千万人の餓死者が発生し暴動は多発しましたがソ連も中国を支援しようとはしなくなりました。
ところが1979年に大平氏の下で日本から中国に対するODAが始まりチャイナは急激に息を吹き返してきました。
あなたもチャイニーズなら「70年代後半までは餓死寸前だったが80年代になってから急に生活が楽になってきた」ということを知っているはずです。
別にチャイナで画期的な開発が成功したりソ連その他からの支援があったわけではありません。
日本からの(チャイナにとっての)莫大なODAが蘇生させたということです。
>逆に日中戦争後、蒋介石は「沖縄を中国政府の管理」とアメリカ大統領の提議を拒否した、戦争賠償も放棄した;70年代に中国共産党はもう一度日本からの戦争賠償の権利を放棄した。
放棄したなら満州に日本が建設した莫大なインフラも返還されなければなりませんでしたし、もし資産価値を算出して相殺したならチャイナは日本に莫大な還付金を払わなければなりませんでした。(それは日清戦争の賠償金どころではありません)
中国共産党はそれを「戦争賠償も放棄した」と言い放つことで丸儲けした上に恩を売っただけです。
>世界まで「日本があったおかげで生き延び」たか?
日本がフィリピンと同じ経済状況だったとして、チャイナに莫大なODAをすることも、北朝鮮や朝銀に莫大な資金がいくことも、冷戦で双子の赤字が破裂寸前でソ連と共倒れしそうだったアメリカを支援することも無ければ、世界はまったく違った姿になっていたということです。
そもそも日本が戦争前からその状況だったら、チャイナもインドもアジア全部が(アフリカも)「いまだに欧米の植民地」だったでしょうね。
>>また「本来朝鮮半島やベトナムで共産勢力と戦うはずだったのは日本軍」であり
>戦後50年代、60年代、日本はこんな「力」があるか(笑)
戦争当時、日本は「共産化に対抗するアジアの砦」であったのは事実ですし、朝鮮やベトナムも日本は守っていました。
敗戦によって日本は共産革命の内戦の末に共産国(社会主義国)になってしまう可能性もあったのです。
もし日本が共産化していれば、当然アメリカはチャイナに支援された北朝鮮軍を追い払うことはできませんでしたし、ソ連、チャイナ、コリア、ベトナム、モンゴル、ミャンマー、カンボジアも共産勢力になりましたから、東アジアのオセロは「真っ赤に塗り潰されていた」はずだったのです。
それで平和で豊かな世がくるなら良かったでしょうが、大戦中に死んだのは多くても数百万人ですが共産党政権下では平時に数千万人が殺されますし、王国時代にあった自由や宗教すらなくなります。
さらに資産家は財産を全て没収されてコルホーズ送りにされ学生は農家に送られ、五カ年計画の最初の年だけは潤いますが、あとは産業も農業も壊滅的にダメになっていきます。
共産党の国の奪い方は、国王や国王軍に対しては民衆を煽動して民衆に攻撃させ、国王軍が民衆に対して発砲を躊躇したらしたで発砲したらしたで煽動を強め、国際共産党のマスコミを活用し、国王を国民の手で処刑させます。
そして、勝利に沸き疲弊している民衆軍指導者を掴まえ共産党の独裁政権を作り上げてしまいます。
(チェコもルーマニアもチャイナもこの手で盗まれてしまいました。)
>戦後、「パンツ一丁」の日本はアメリカの支援が無ければ、中国政府の賠償放棄が無ければ、今は「日本の存在」を言えるか?
日本は「アメリカに資源も食料も封鎖されてこうなった」わけで、アメリカの支援はただのマッチポンプです。
しかも通常こういう援助物資は無償ですし「アメリカの支援」が海外には大々的に報じられましたが、その後日本には小麦粉・粉ミルク代までしっかり請求されました。
(さらにアジア各国に日本に対する損害賠償を請求するよう強要したのもアメリカです)
アメリカの方針は、日本を二度と海外に出れないほどに解体してしまうつもりでしたが、並みの国なら立ち上がれるはずの無い試練に曝されても日本は歯を食いしばって頑張り続けました。
(フィリピンはベトナム戦争特需のとき全く体制が整わずまるまる見逃してしまいましたが、日本は東京裁判中に起こった朝鮮戦争特需のときにはすでに受け入れるだけの体制を作り上げていました。)
戦後から1970年代後半までにチャイナでは数千万人の餓死者が発生し暴動は多発しましたがソ連も中国を支援しようとはしなくなりました。
ところが1979年に大平氏の下で日本から中国に対するODAが始まりチャイナは急激に息を吹き返してきました。
あなたもチャイニーズなら「70年代後半までは餓死寸前だったが80年代になってから急に生活が楽になってきた」ということを知っているはずです。
別にチャイナで画期的な開発が成功したりソ連その他からの支援があったわけではありません。
日本からの(チャイナにとっての)莫大なODAが蘇生させたということです。
>逆に日中戦争後、蒋介石は「沖縄を中国政府の管理」とアメリカ大統領の提議を拒否した、戦争賠償も放棄した;70年代に中国共産党はもう一度日本からの戦争賠償の権利を放棄した。
放棄したなら満州に日本が建設した莫大なインフラも返還されなければなりませんでしたし、もし資産価値を算出して相殺したならチャイナは日本に莫大な還付金を払わなければなりませんでした。(それは日清戦争の賠償金どころではありません)
中国共産党はそれを「戦争賠償も放棄した」と言い放つことで丸儲けした上に恩を売っただけです。
>世界まで「日本があったおかげで生き延び」たか?
日本がフィリピンと同じ経済状況だったとして、チャイナに莫大なODAをすることも、北朝鮮や朝銀に莫大な資金がいくことも、冷戦で双子の赤字が破裂寸前でソ連と共倒れしそうだったアメリカを支援することも無ければ、世界はまったく違った姿になっていたということです。
そもそも日本が戦争前からその状況だったら、チャイナもインドもアジア全部が(アフリカも)「いまだに欧米の植民地」だったでしょうね。
>>また「本来朝鮮半島やベトナムで共産勢力と戦うはずだったのは日本軍」であり
>戦後50年代、60年代、日本はこんな「力」があるか(笑)
戦争当時、日本は「共産化に対抗するアジアの砦」であったのは事実ですし、朝鮮やベトナムも日本は守っていました。
敗戦によって日本は共産革命の内戦の末に共産国(社会主義国)になってしまう可能性もあったのです。
もし日本が共産化していれば、当然アメリカはチャイナに支援された北朝鮮軍を追い払うことはできませんでしたし、ソ連、チャイナ、コリア、ベトナム、モンゴル、ミャンマー、カンボジアも共産勢力になりましたから、東アジアのオセロは「真っ赤に塗り潰されていた」はずだったのです。
それで平和で豊かな世がくるなら良かったでしょうが、大戦中に死んだのは多くても数百万人ですが共産党政権下では平時に数千万人が殺されますし、王国時代にあった自由や宗教すらなくなります。
さらに資産家は財産を全て没収されてコルホーズ送りにされ学生は農家に送られ、五カ年計画の最初の年だけは潤いますが、あとは産業も農業も壊滅的にダメになっていきます。
共産党の国の奪い方は、国王や国王軍に対しては民衆を煽動して民衆に攻撃させ、国王軍が民衆に対して発砲を躊躇したらしたで発砲したらしたで煽動を強め、国際共産党のマスコミを活用し、国王を国民の手で処刑させます。
そして、勝利に沸き疲弊している民衆軍指導者を掴まえ共産党の独裁政権を作り上げてしまいます。
(チェコもルーマニアもチャイナもこの手で盗まれてしまいました。)
>戦後、「パンツ一丁」の日本はアメリカの支援が無ければ、中国政府の賠償放棄が無ければ、今は「日本の存在」を言えるか?
日本は「アメリカに資源も食料も封鎖されてこうなった」わけで、アメリカの支援はただのマッチポンプです。
しかも通常こういう援助物資は無償ですし「アメリカの支援」が海外には大々的に報じられましたが、その後日本には小麦粉・粉ミルク代までしっかり請求されました。
(さらにアジア各国に日本に対する損害賠償を請求するよう強要したのもアメリカです)
アメリカの方針は、日本を二度と海外に出れないほどに解体してしまうつもりでしたが、並みの国なら立ち上がれるはずの無い試練に曝されても日本は歯を食いしばって頑張り続けました。
(フィリピンはベトナム戦争特需のとき全く体制が整わずまるまる見逃してしまいましたが、日本は東京裁判中に起こった朝鮮戦争特需のときにはすでに受け入れるだけの体制を作り上げていました。)
これは メッセージ 139765 (jm_s1960 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffccf4x78_1/139781.html