支那からナマ投稿中 ⑨
投稿者: wansuiwansuiwanwansui 投稿日時: 2007/06/15 09:21 投稿番号: [139027 / 196466]
その後、俺は台湾で働いていた。
台湾の隅から隅まで、南部や東部の田舎町まで流通ルートを調査に出向いた。
台湾は一歩台北を離れると完全に「台湾語」の世界である。
一人で移動中、バスなどで台湾語でしかアナウンスが無いので周りの人に国語(北京語)で尋ねると親切に教えてくれ「外省人か?」と聞かれる。
「いいえ、日本人です。」と言うと更に親切になって話が盛り上がる。台湾とはそういうところだ。
地方の代理店や販売店で、打ち合わせしていると近所から店の奥から爺さんや婆さんが出てくることがある。日本人が来ていると聞いて懐かしさからだ。
そして大抵は流暢な、そして今のどの日本人より綺麗な日本語で話出す。
「内地は最近いかがですか?神戸の大地震は大変でしたね。」
内地とは台湾から見た日本本土を指している。
「私の日本名は○○△です。近所の駐在さんが付けてくれました。」
「昔、この近くに日本軍の基地があってゼロ戦が沢山ありました。兵隊さんは台湾バナナが好きでよく食べていました。」などと話が盛り上がった後は、
日本人が引き揚げて国民党が取って代わった暗黒の時代の話も聞かされた。
また、休暇で台湾を出て東南アジアや香港に出かけた時、日本語で話す老夫婦を見かけた。でも日本人の風体ではない。よく見ると台湾の旅行社のバッグを持っていた。台湾人の老夫婦は普段日本語で会話している人も少なくなかったのである。李登輝元総統を見れば納得だろう。
日本はここで改めて「台湾」を良く理解する必要がある。
「台湾は支那の一部、一つの支那」等という中凶の一方的な主張の言い成りになるのが良いのか悪いのか、再考するべきである。
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