日本に受け継がれた古代中国の精神④
投稿者: shoguncyama 投稿日時: 2007/05/30 12:35 投稿番号: [137984 / 196466]
■7.日本語を通して学んだ「礼の心」■
もう一つ、孔子と論語がこの上なく強調しているのが「礼」
である。そして、石氏が日本に来て早々、大いに感心したのが
日本人の礼儀正しさであった。
今でも鮮明に覚えている場面の一つだが、日本留学の身
元保証人になっていただいた日本人の家に、初めて招待さ
れた時、玄関に入ると、この家の初老の奥様は何と、玄関
口に正座して私たちを迎えてくれたのである、私がお世話
になる一留学生の身であるにもかかわらず!
その時に受けた「カルチャーショック」は、まさに「ショッ
ク」というべき衝撃であった。孔子様のいう「礼譲の国」
とは、ほかならぬこの日本であると、心の底から感激した
のである。[1,p153]
特に、文化大革命以来の、紅衛兵流の荒々しさと「無礼講」
が社会的流儀となった中国から来た石氏にとって、これはあま
りに美しく、あまりに優雅に見えた。
さらに、日本語の勉強が進むにつれ、日本語こそまさに「礼
譲の国」にもっとも相応しい言葉であることが分かってきた。
中国語では漢方医の祖父の世代までは、たとえば、相手の両親
のことを「令尊・令堂」などと尊称を使うが、日本語の敬語は
それだけでなく文法まで規則正しく変えなければならない。
「ご両親は元気ですか」ではダメで、「お元気でいらっしゃい
ますか」である。逆に自分のことに関しては「ご両親の世話に
なっている」ではなくて、「ご両親のお世話になっております」
と言わねばならない。石氏は苦労してこうした「尊敬語」や
「謙譲語」をマスターした。
今から考えてみれば、結局、私が「礼」というものを学
んだのは、まさに日本語の勉強を通してである。
敬語としての日本語から入ることによって、私はいつの
まにか、尊敬と謙譲の姿勢をごく自然に身につけることが
できるようになっていた。
「礼語」としての日本語を学び、それを実生活の中で使い
こなしていくことによって、私は知らず知らずのうちに、
まさに「礼の心」というものを、自分自身の内面において
育てることができたのだった。[1,p159]
■8.儒教の理想は日本で花開いた■
孔子の教えは、古代中国で生まれたが、そこでは根付かなかっ
た。随の時代に導入された科挙制度によって、儒学の知識は官
僚になるための国家試験の対象とされ、言わば出世栄達の道具
と化した。さらに毛沢東の文化大革命によって、儒教を含めた
中国の伝統思想と文化は根こそぎにされた。
そして、今の中国の大地で生きているわが中国国民こそ、
論語の心や儒教の考え方からは、もっとも縁の遠い国民精
神の持ち主であると、多くの中国人自身が認めざるを得な
い厳然たる現実なのである。
少なくとも、私自身からみれば、世界にも希に見る、最
悪の拝金主義にひたすら走りながら、古の伝統とは断絶し
た精神的貧困の中で、薄っぺらな「愛国主義」に踊らされ
ている、現在のわが中国国民の姿は、まさに目を覆いたく
なるような醜いものである。[1,p178]
儒教はその生地では枯渇したが、その種子は日本において花
開いた。儒学の思想と精神を受け継いだのは、中江藤樹[a]や
石田梅岩[b]などの求道者を輩出した江戸時代の日本である。
そして、その精神は明治の指導者たちに受け継がれ[c]、特に
教育勅語に取り入れられて、近代日本の建設の指導的精神となっ
た。
儒教とは、まさに近代日本によって再生され、近代の日
本と共に輝いたのである、と言えよう。[1,p177]
そういう意味では、私自身は一人の中国人でありながら、
むしろ日本という国と、この国に受け継がれてきた伝統と
文化に、親近感と安らぎを感じていて、一種の精神的な同
一感を持つようになったわけである。[1,p178]
現代の多くの中国人が、石平氏のように、中国共産党の「反
日愛国教育」の欺瞞に気がつき、そして自国の伝統思想・文化
に目ざめた時、彼ら自身の理想が結実した日本社会に「精神的
な同一感」を覚えるだろう。それが真の日中友好のスタートと
なるのではないか。
もう一つ、孔子と論語がこの上なく強調しているのが「礼」
である。そして、石氏が日本に来て早々、大いに感心したのが
日本人の礼儀正しさであった。
今でも鮮明に覚えている場面の一つだが、日本留学の身
元保証人になっていただいた日本人の家に、初めて招待さ
れた時、玄関に入ると、この家の初老の奥様は何と、玄関
口に正座して私たちを迎えてくれたのである、私がお世話
になる一留学生の身であるにもかかわらず!
その時に受けた「カルチャーショック」は、まさに「ショッ
ク」というべき衝撃であった。孔子様のいう「礼譲の国」
とは、ほかならぬこの日本であると、心の底から感激した
のである。[1,p153]
特に、文化大革命以来の、紅衛兵流の荒々しさと「無礼講」
が社会的流儀となった中国から来た石氏にとって、これはあま
りに美しく、あまりに優雅に見えた。
さらに、日本語の勉強が進むにつれ、日本語こそまさに「礼
譲の国」にもっとも相応しい言葉であることが分かってきた。
中国語では漢方医の祖父の世代までは、たとえば、相手の両親
のことを「令尊・令堂」などと尊称を使うが、日本語の敬語は
それだけでなく文法まで規則正しく変えなければならない。
「ご両親は元気ですか」ではダメで、「お元気でいらっしゃい
ますか」である。逆に自分のことに関しては「ご両親の世話に
なっている」ではなくて、「ご両親のお世話になっております」
と言わねばならない。石氏は苦労してこうした「尊敬語」や
「謙譲語」をマスターした。
今から考えてみれば、結局、私が「礼」というものを学
んだのは、まさに日本語の勉強を通してである。
敬語としての日本語から入ることによって、私はいつの
まにか、尊敬と謙譲の姿勢をごく自然に身につけることが
できるようになっていた。
「礼語」としての日本語を学び、それを実生活の中で使い
こなしていくことによって、私は知らず知らずのうちに、
まさに「礼の心」というものを、自分自身の内面において
育てることができたのだった。[1,p159]
■8.儒教の理想は日本で花開いた■
孔子の教えは、古代中国で生まれたが、そこでは根付かなかっ
た。随の時代に導入された科挙制度によって、儒学の知識は官
僚になるための国家試験の対象とされ、言わば出世栄達の道具
と化した。さらに毛沢東の文化大革命によって、儒教を含めた
中国の伝統思想と文化は根こそぎにされた。
そして、今の中国の大地で生きているわが中国国民こそ、
論語の心や儒教の考え方からは、もっとも縁の遠い国民精
神の持ち主であると、多くの中国人自身が認めざるを得な
い厳然たる現実なのである。
少なくとも、私自身からみれば、世界にも希に見る、最
悪の拝金主義にひたすら走りながら、古の伝統とは断絶し
た精神的貧困の中で、薄っぺらな「愛国主義」に踊らされ
ている、現在のわが中国国民の姿は、まさに目を覆いたく
なるような醜いものである。[1,p178]
儒教はその生地では枯渇したが、その種子は日本において花
開いた。儒学の思想と精神を受け継いだのは、中江藤樹[a]や
石田梅岩[b]などの求道者を輩出した江戸時代の日本である。
そして、その精神は明治の指導者たちに受け継がれ[c]、特に
教育勅語に取り入れられて、近代日本の建設の指導的精神となっ
た。
儒教とは、まさに近代日本によって再生され、近代の日
本と共に輝いたのである、と言えよう。[1,p177]
そういう意味では、私自身は一人の中国人でありながら、
むしろ日本という国と、この国に受け継がれてきた伝統と
文化に、親近感と安らぎを感じていて、一種の精神的な同
一感を持つようになったわけである。[1,p178]
現代の多くの中国人が、石平氏のように、中国共産党の「反
日愛国教育」の欺瞞に気がつき、そして自国の伝統思想・文化
に目ざめた時、彼ら自身の理想が結実した日本社会に「精神的
な同一感」を覚えるだろう。それが真の日中友好のスタートと
なるのではないか。
これは メッセージ 137983 (shoguncyama さん)への返信です.
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