Re: 天孫族でもないくせに・・
投稿者: n_o_i_s_e_m_a_n 投稿日時: 2007/05/25 07:15 投稿番号: [137480 / 196466]
>天皇様が素晴らしくても、それを崇める日本人が素晴らしいと云うことではないでしょう。
2002年の日韓ワールドカップで世界中の人々を感動させたのは、日本人のもつ「海外の人々を分け隔てなく温かく迎える」というホストマンシップですし、それは「縄文人的気質」でしょう。
これがあったからこそ天皇は日本の神として鎮座することができましたし、そのおかげで多種多様な古代の文化文明が日本に集結し融合したのでしょう。それは何物にも換え難い「素晴らしい日本人の財産」だと思います。
>その孫の「ににぎのみこと」と云う神様が九州の日向(ひゅうが)高千穂(たかちほ)のあたりに降りてこられました。
ニニギは、その時期や文化からして三国時代に晋に敗れ去った「呉の孫氏」の末裔だと思います。呉が滅亡し「呉の孫氏」改め「天(あま、海)の孫氏」すなわち「天孫」氏でしょう。
>アマテラスの孫だから、これを「天孫降臨(てんそんこうりん)」と云い、その子孫を「天つ神(あまつかみ)」「天孫族」と申します。
「ニニギだけが天孫と呼ばれたか」といえばそうではなく、これは違います。
「天つ神」(天津族)はむしろオオヤマツミの系列です。
オオヤマツミは、北九州一帯を治める倭人の伊都国王で、天神地祗たる存在です。
>それら「国つ神」は、天皇家のご先祖「天つ神」に負けて支配されたのだ。
より正確には天孫族のニニギと天津神(天皇)のサクヤコノハナヒメの子孫が神武天皇こと神日本磐余彦尊(かんやまといわれひこのみこと)ですが、天皇と呼んだのははるか後世のことで、彼は天皇ではなく大王(おおきみ)ですし万世一系とも言っていません。
なぜなら磐余彦は「母方が天皇家」でしょうが「父方ではないから」です。
しかし、少なくとも応神天皇や継体天皇、天武天皇代では、かなり強引な手法によって「父方が天皇の末裔」に引き戻されており、後世では名義上も実質的にも「天皇の末裔」や「万世一系」「日ノ本」を主張できると考えられます。
しかし、倭系の天皇のままだったら「呉系のような武力的な統合」はできなかったでしょうから、一時的に呉系であったのはこれはこれで適材適所だったのだろうと思います。
>それら「国つ神」は、天皇家のご先祖「天つ神」に負けて支配されたのだ。
呉系は遥かルーツをたどれば「神農炎帝」に行き着きます。(日本神話で火や炎が出てくる逸話は要するに「呉系」の話です。)
これは本来の天皇と違い「人柄」よりもっと実質的なことをも考える種族です。
>日本人の大半は「天つ神」の子孫ではないのだと云うこと、忘れてはいけないよ。天皇家に対して、日本人は畏(おそ)れ畏(かしこ)まねばならないが、努々(ゆめゆめ)「自分は天孫族の末裔だ」などと思い込んで自惚れてはいけないよ。大体、キミなんかが天皇様と同族であろうはずがないだろう。
もちろん誰もが倭人ではありませんし、倭人であっても倭人王家である天皇家とは別物です。
しかし、「天皇があったからこそこういう日本で在れた」のだということを日本国民としてはよく認識する必要があると思います。
水や酸素と同じで、「天皇がなくなっても今まで通りの日本でいられる」と思ったらそれは間違いで「天皇なき日本」は結局「チャイナやコリアン同然」になるでしょう。
戦後、天皇の存在が希薄な日本人もチャイナやコリアン的に「自分さえよければ」という風潮が蔓延していましたが、(天皇の存在が濃かった)過去を振り返ることで自らを見つめなおそうとしています。
2002年の日韓ワールドカップで世界中の人々を感動させたのは、日本人のもつ「海外の人々を分け隔てなく温かく迎える」というホストマンシップですし、それは「縄文人的気質」でしょう。
これがあったからこそ天皇は日本の神として鎮座することができましたし、そのおかげで多種多様な古代の文化文明が日本に集結し融合したのでしょう。それは何物にも換え難い「素晴らしい日本人の財産」だと思います。
>その孫の「ににぎのみこと」と云う神様が九州の日向(ひゅうが)高千穂(たかちほ)のあたりに降りてこられました。
ニニギは、その時期や文化からして三国時代に晋に敗れ去った「呉の孫氏」の末裔だと思います。呉が滅亡し「呉の孫氏」改め「天(あま、海)の孫氏」すなわち「天孫」氏でしょう。
>アマテラスの孫だから、これを「天孫降臨(てんそんこうりん)」と云い、その子孫を「天つ神(あまつかみ)」「天孫族」と申します。
「ニニギだけが天孫と呼ばれたか」といえばそうではなく、これは違います。
「天つ神」(天津族)はむしろオオヤマツミの系列です。
オオヤマツミは、北九州一帯を治める倭人の伊都国王で、天神地祗たる存在です。
>それら「国つ神」は、天皇家のご先祖「天つ神」に負けて支配されたのだ。
より正確には天孫族のニニギと天津神(天皇)のサクヤコノハナヒメの子孫が神武天皇こと神日本磐余彦尊(かんやまといわれひこのみこと)ですが、天皇と呼んだのははるか後世のことで、彼は天皇ではなく大王(おおきみ)ですし万世一系とも言っていません。
なぜなら磐余彦は「母方が天皇家」でしょうが「父方ではないから」です。
しかし、少なくとも応神天皇や継体天皇、天武天皇代では、かなり強引な手法によって「父方が天皇の末裔」に引き戻されており、後世では名義上も実質的にも「天皇の末裔」や「万世一系」「日ノ本」を主張できると考えられます。
しかし、倭系の天皇のままだったら「呉系のような武力的な統合」はできなかったでしょうから、一時的に呉系であったのはこれはこれで適材適所だったのだろうと思います。
>それら「国つ神」は、天皇家のご先祖「天つ神」に負けて支配されたのだ。
呉系は遥かルーツをたどれば「神農炎帝」に行き着きます。(日本神話で火や炎が出てくる逸話は要するに「呉系」の話です。)
これは本来の天皇と違い「人柄」よりもっと実質的なことをも考える種族です。
>日本人の大半は「天つ神」の子孫ではないのだと云うこと、忘れてはいけないよ。天皇家に対して、日本人は畏(おそ)れ畏(かしこ)まねばならないが、努々(ゆめゆめ)「自分は天孫族の末裔だ」などと思い込んで自惚れてはいけないよ。大体、キミなんかが天皇様と同族であろうはずがないだろう。
もちろん誰もが倭人ではありませんし、倭人であっても倭人王家である天皇家とは別物です。
しかし、「天皇があったからこそこういう日本で在れた」のだということを日本国民としてはよく認識する必要があると思います。
水や酸素と同じで、「天皇がなくなっても今まで通りの日本でいられる」と思ったらそれは間違いで「天皇なき日本」は結局「チャイナやコリアン同然」になるでしょう。
戦後、天皇の存在が希薄な日本人もチャイナやコリアン的に「自分さえよければ」という風潮が蔓延していましたが、(天皇の存在が濃かった)過去を振り返ることで自らを見つめなおそうとしています。
これは メッセージ 137471 (nihao_aq_jp さん)への返信です.
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