Re: 日本若者文化の毒素について
投稿者: sintyou5 投稿日時: 2007/05/16 22:57 投稿番号: [136942 / 196466]
まったっ、誇大修飾して如何にも尤もらしい事ほざく。
まっ、少し長いが。
>確かに「無味の平和」から生まれたものであることは明らかだと思います。では「無味の平和」とは何でしょうか?平和とは、戦争との対比において語られ、認識されなければならないものです。しかし、戦後の日本の平和とは、対比されるもののない、絶対的平和だったのです。憲法九条は、あたかもこれを保証しているかに見えます。
話は変わりますが、言葉とは暴力的闘争を回避する為の道具として生まれたものです。言葉の背後には常に暴力があります。暴力を脱色してしまった言葉とは、便所の落書きのごとき言葉でしかないのです。それは言葉の腐敗です。
暴力と対比されない言葉が腐敗するように、戦争と対比されない平和もまた、腐敗するしかないのだと思います。国家が戦争の可能性を持たない、などというのは、あたかも赤い黒鉛筆というのと同じくらいの大嘘です。
また、国家が戦争可能性を持っているからこそ、国家は内政において殺人を禁止しているのです。いわば、戦場での殺戮と、日常での殺人の禁止は表裏一体の関係にあるのです。残念ながら、これが人間の限界です。
戦争可能性を否定する憲法九条は、殺人の禁止の根拠や、平和の根拠もまた、見えなくしているのだと思います。>>
↑
せっかく、長々と書いてあるから引用してあげよう。
古代ギリシアの都市国家では、戦争の間に人間の暴力的性(さが)のはけ口として、アテネでオリンピックが開かれる様になった。その期間中は全ての国家が戦争を停止した。
サッカー、野球(高校野球、プロ野球)。全て暴力的性のはけ口として働いているものだ。そんな事言ってたら、神奈川と大阪は毎年戦争しなけらならんのか?
避けるべき順序として、厳密に決められている事項がある。
核戦争>全面戦争>局地紛争>テロ>殺人>暴力行為>差別>虐め>喧嘩>罵りあい>>>>野球、サッカー、格闘技
憲法第9条が、どのレベルにあるのか分かっているのかいな?
。
これは メッセージ 136936 (palmereldritch608 さん)への返信です.
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