Re: 限定的分祀論
投稿者: palmereldritch608 投稿日時: 2007/05/10 01:53 投稿番号: [136578 / 196466]
お返事ありがとうございます。
説明が足りなかったかもしれません。ちょっと、違うんですよ。私が限定的分祀と言ったのは、あくまで合祀を目指しての分祀なのです。つまり、現状の日本人に果たして彼らを祀る資格があるのか?という問題です。
たとえて言うなら、キリスト教でも何でも良いですが、たいていの宗教には殉教者がいますよね。彼らは、確信的に宗教に殉じて死んでいったわけです。そんな彼らが、異教徒や、無神論者に弔らわれることを望んでいると思いますか?望んでいるはずがないでしょう。
過去の戦死者を我々が弔い、祀るにはそれなりの資格が必要なのです。彼らは国家の守護のという人類にとっての大問題に殉じたのでしょう。なら我々もまた、その点で彼らと認識を共有している必要がありますし、共有しなければならない、と言っているのです。
分祀派も合祀派もこういった観点はまったく持っていません。祀ればそれですむ、と考えている点では、分祀派も合祀派も私から見ると大して違わないように思えるのです。
もちろん、支那のおかしな言い分を聞く必要など全くありませんよ。合祀を継続して支那との緊張を深めることで、我々をして国家を守護するという認識を呼び覚ませる。という、考えもあるでしょうし、政治的手法としては、一概に否定はしません。
しかし、たとえば「中国」という占領政策によって押し付けられた呼称を、我々が未だもって唯々諾々としてか、或いは嬉々としてか、受け入れているという現状を見るに、我々は本質的には占領状態から脱却したとは言い難く、未だ敗戦国のままです。このような我々に、彼らを祀る同義的な資格があるか否かを、我々は自己に厳しく問うべきであり、祀るにはそれなりの資格が必要だということを認識すべきなのです。
曽野綾子さんですが、彼女の社会的発言はともかく、こと宗教に関して言えば、彼女の語るキリスト教観はあまりに恣意的で、残念ながら私は前々から信用はしていません。宗教に関しての話ですが。
お分かりいただけたでしょうか?
これは メッセージ 136575 (pluszee さん)への返信です.
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