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小倉侍従日記:3 文藝春秋より

投稿者: sintyou5 投稿日時: 2007/05/06 22:27 投稿番号: [136373 / 196466]
阿川
結局、東条に対する御信任が、ある時点まで非常に厚かったんですよね。東条の事務的にきちんきちんとしてるところが、陛下の筋を通すという御性格にうまくあったのでしょう。でもその潔癖さは、「高松宮日記」に書かれてるとおり、組織が動いているときには長所だけど、組織が本当の作用をしなくなった時には短所になってしまう。

半藤
昭和十七年十二月十一日の日記には、丁度この頃を振り返っての天皇の発言があります。「大東亜戦争の初る前は心配であつた。近衛のときには、何も準備が出来ていなゐのに戦争に持つて行きそうで心配した。東条になってから、十分準備が出来た」
つまり開戦から一年たち、戦況が傾きつつあるなかでも、まだ戦争準備は十分だったと信じておられたわけです。

阿川
真珠湾攻撃をまえにした日記には、「連合艦隊司令長官、海軍大将山本五十六、出征に付(一〇・四五−一〇・五〇)。優渥なる勅語を拝したる趣き」とありますが、拝謁時間をみると五分だけなんです。海軍省経理局長だった武居大介さんは、「山本は勅語を賜ったあと、もう少し自分の本当の気持ち、この戦は勝ち目がないということをもうしあげたのではないか」と語っていましたが、たった五分では無理だったろうな。残念ですね。


以前、卜部侍従日記、富田メモより、

「私は、或る時に、A級(戦犯)が合祀され   その上   松岡、白取(鳥?)までもが   筑波は慎重に対処してくれたと聞いたが   松平の子の今の宮司がどう考えたのか   易々と   松平は平和に強い考えがあったと思うのに   親の心子知らずと思っている   だから私はあれ以来参拝していない   それが私の心だ。」
と述べたのに一致する。

この本は一読するのを、お勧めする。

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