日本人の謝罪の特徴・・つづき
投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2007/04/30 14:16 投稿番号: [136003 / 196466]
日本は過去の過ちについて、これまで、もう、何回も何回も謝罪してるじゃないか。
それなのに、近隣諸国は更なる謝罪を求めてくる。
しつこいじゃないか・・とプンプン憤慨。
日本人は気づかないかもしれないが、それにはそれなりの原因がある。
日本人の謝罪のやりかた。そこに1つの特徴があるだろう。
「悪いことをした。その事については、ゴメンなさい」と謝るが、その一方で「悪気はなかったのよ・・」と言いたがる。
「何かの間違いで迷惑かけたが、悪気はなかった、悪(あ)しからず」と言うなら、日本では幾分、罪が軽くなる。
日本では、悪気(わるぎ)の有る無しがポイントなのだろう。
だが、これは日本的な感覚であり、外国では通用しない。
「悪いことをしたが、悪気はなかった」と言うなら「ウソつけ、このやろ」と反撥を喰らう。
「反省する」とは心の問題であり、「悪気はなかった」と言うのなら、それこそ、反省そのものがあり得なくなるだろう。
日中国交回復の時、田中角栄首相は北京を訪れ、その初日、人民大会堂での歓迎宴会の席で所信を述べた。
「過去数十年にわたって日中関係は遺憾ながら不幸な経過をたどってまいりました。わが国が中国国民に多大の『ご迷惑』をおかけしましたことについて、私は改めて深い反省の念を表明するものであります。」・・と。
問題は「ご迷惑をかけた」の部分。この部分の中国語訳が出た時、会場にはどよめきが起こった。
流石の周恩来首相も、これには憤慨した。
この日本語のニュアンスを中国語に訳すなら「添了麻煩(ティエンラ マーフゥアン)」
その意味は、女性のスカートにうっかり水をかけてしまった時、「ごめんなさい」程度のニュアンス。
あまりに軽々しい。「悪気はなかった、ごめんなさい」と言うに大差ない。
もちろん、これが翻訳の誤りであろうはずはない。
日本側としては、あくまで「悪気はなかった」と言いたかったのだ。
悪気がなければ、その罪も軽くなると思ったに違いあるまい。
反省とは、「ただの後悔」を意味しない。当時の悪意を悔い改めてこそ「反省の念」となるのだろう。
「悪気はなかった」と言うなら、根本的に反省のありようがない。
日本軍はアジアに進攻したけれど、これは自存自衛の戦争であって侵略の意図はなかった・・と。
A級戦犯は責任を負わされて処刑されたが、悪気はなかった、悪人ではない・・と。
慰安婦の境遇は気の毒だったが、軍にも政府にも悪気はなかった・・と。
世界の常識で言うなら・・
悪いことをしたなら、悪気であろうとなかろうと、そやつは悪人なのであり、打たれ、叩かれ、罵られてしかるべきなのだ。
悪気でなくても、悪いことをしたら悪人なのだ。
「悪気はなかった」と言って罪を軽くしようと目論(もくろ)む日本人。
そうやって少しでも自尊心を傷つけまいとする。
口では「ゴメン」と言いながら、悪気はなかったから心に後ろめたさの欠片(かけら)もなく、デカイ態度で周囲を睥睨(へいげい)している。
そもそも、悪気(わるぎ)がなければ許されると、甘く考えている日本人の意識こそがケシカランのだ。
反省しなさい
それなのに、近隣諸国は更なる謝罪を求めてくる。
しつこいじゃないか・・とプンプン憤慨。
日本人は気づかないかもしれないが、それにはそれなりの原因がある。
日本人の謝罪のやりかた。そこに1つの特徴があるだろう。
「悪いことをした。その事については、ゴメンなさい」と謝るが、その一方で「悪気はなかったのよ・・」と言いたがる。
「何かの間違いで迷惑かけたが、悪気はなかった、悪(あ)しからず」と言うなら、日本では幾分、罪が軽くなる。
日本では、悪気(わるぎ)の有る無しがポイントなのだろう。
だが、これは日本的な感覚であり、外国では通用しない。
「悪いことをしたが、悪気はなかった」と言うなら「ウソつけ、このやろ」と反撥を喰らう。
「反省する」とは心の問題であり、「悪気はなかった」と言うのなら、それこそ、反省そのものがあり得なくなるだろう。
日中国交回復の時、田中角栄首相は北京を訪れ、その初日、人民大会堂での歓迎宴会の席で所信を述べた。
「過去数十年にわたって日中関係は遺憾ながら不幸な経過をたどってまいりました。わが国が中国国民に多大の『ご迷惑』をおかけしましたことについて、私は改めて深い反省の念を表明するものであります。」・・と。
問題は「ご迷惑をかけた」の部分。この部分の中国語訳が出た時、会場にはどよめきが起こった。
流石の周恩来首相も、これには憤慨した。
この日本語のニュアンスを中国語に訳すなら「添了麻煩(ティエンラ マーフゥアン)」
その意味は、女性のスカートにうっかり水をかけてしまった時、「ごめんなさい」程度のニュアンス。
あまりに軽々しい。「悪気はなかった、ごめんなさい」と言うに大差ない。
もちろん、これが翻訳の誤りであろうはずはない。
日本側としては、あくまで「悪気はなかった」と言いたかったのだ。
悪気がなければ、その罪も軽くなると思ったに違いあるまい。
反省とは、「ただの後悔」を意味しない。当時の悪意を悔い改めてこそ「反省の念」となるのだろう。
「悪気はなかった」と言うなら、根本的に反省のありようがない。
日本軍はアジアに進攻したけれど、これは自存自衛の戦争であって侵略の意図はなかった・・と。
A級戦犯は責任を負わされて処刑されたが、悪気はなかった、悪人ではない・・と。
慰安婦の境遇は気の毒だったが、軍にも政府にも悪気はなかった・・と。
世界の常識で言うなら・・
悪いことをしたなら、悪気であろうとなかろうと、そやつは悪人なのであり、打たれ、叩かれ、罵られてしかるべきなのだ。
悪気でなくても、悪いことをしたら悪人なのだ。
「悪気はなかった」と言って罪を軽くしようと目論(もくろ)む日本人。
そうやって少しでも自尊心を傷つけまいとする。
口では「ゴメン」と言いながら、悪気はなかったから心に後ろめたさの欠片(かけら)もなく、デカイ態度で周囲を睥睨(へいげい)している。
そもそも、悪気(わるぎ)がなければ許されると、甘く考えている日本人の意識こそがケシカランのだ。
反省しなさい
これは メッセージ 135885 (nihao_aq_jp さん)への返信です.
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