Re: 温家寶首相来日
投稿者: sintyou5 投稿日時: 2007/04/19 20:19 投稿番号: [135570 / 196466]
まあ、馬鹿の論理を分かりやすく説明しましょう。
>これをすり替え、あるいは欺瞞と言います。中国側に劣等感があるから日本側には必ず優越感がある、ですか?中国側の勝手な劣等感を呆れてはいるでしょうけれど、日本は結構中国のものを受け入れてますよ。べつに日本が優越感を持っている訳ではないけれど、あなたがそう言いきることが劣等感の表れだと思いませんか。>>
↑
お前達に劣等感がある、と言い切る事自体、優越感の表れでござんす。そうでなければ、気づかないし、言う必要も無いし。
>まあ、再度説明しましょう。歴史を研究するとは、あくまで真実を探求する事です。歴史の真実は一つです。しかしそれにたいする評価は立場により変わります。日中戦争を例にすれば日本と中国が、中国を戦場として戦争をし、多くの犠牲者が中国側に出た。それは事実です。
しかしこの戦争はどういう戦争だったのか、なぜ戦争になったのかは日中により解釈が変わるでしょうね。日本は防衛戦争であり、当時の世界情勢、価値観から行った戦争、中国がわからすれば日本による侵略戦争と言うことになるのでしょう。>>
↑
中国内領土で中国軍と防衛戦争をするという、基地外論理がもはや、惚け爺の戯言です。
この論理で行きますと、世界史は全て改訂しなくてはなりません。
ナポレオンのモスクワ遠征もフランス防衛戦争であり、独ソ戦もドイツの防衛戦争と云う事になります。
>この解釈の違いは、今後100年論争しても一致しませんよ。英米はかつて戦争をした仲だけれど、今は同盟国同士になっているのは、単にルーツが同じ、と言うことだけではなく戦争の解釈を棚上げにしたからですよ。>>
↑
1812年より、やがて200年になります。ソ連が崩壊した今、仏露歴史問題が再燃するのでしょうか?
(日中戦争:一九三七年七月七日盧溝橋事件を契機とする日本の中国侵略戦争。日本は三八年中に主な都市、鉄道の沿線を攻略、中国は重慶に遷都して抗戦、長期戦化し、四一年十二月太平洋戦争に発展。広辞苑3:1936,1983)
惚け爺は世界史を知りません。履修してないと思われます。やがて、ドイツも防衛戦争だったと言い始めるかもしれません。
>ところが中国は執拗に日本に反省を迫る。その反省たる物、あくまで中国側の解釈を唯一の事実としている。しかもそれを裏付けるために、歴史の事実まで捏造している。これがまともだとあなたが思うなら、私の言う意味は理解出来ないでしょうね。>>
↑
世界史上では結局、その後必ず仕返しがありました。中国は日本にまだ仕返ししてないし。
それを、許して貰うなら、「反省」と云う態度で示すしかないでしょう。あと、何年間は。
歴史の真実が明らかになるのは、日中友好が原則でしょうな。
カチンの森の事件の様に。
>>「華夷秩序」なら、別項の話ではありませんか。
確かに日本(当時で言う倭)は「九夷」の中に八番目の「夷」との記載があるようですが、大陸人の目からは海の向こうにある邦はまるで仙人でも住んでいるかのように、神秘なところのようでしたよ。だから「東夷」と言うより、「東瀛」や「扶桑」というような名前のほうが多く使われている訳です。
ところが中国に於いては遠い過去の見方がいまだに生きているという事ですよ。先頃のオンカホウ氏来日の際の態度は、いかに日中友好を口にしようと、中国側が我慢をしてやっている、というスタンスですよ。国内向けの演説をなぜ日本の国会でやらなければならないのか。日本人は、内心何をやっているんだろうと思っても、一応客として迎えたのだからと取り敢えず拍手はしますがね。
あなたには不思議に思えないのでしょうが、それは日本人の感覚を理解しようとあなたが思わないからですね。>>
↑
こういう後先短い悪意に満ちた惚け爺の様な妬ンデルタール人は、未来にとって迷惑千万なんですよ。
>>中国の歌聴きませんか。屠洪剛と王菲の「愛人」ですが、日本語の「愛人」の意味とそのイメージではだめですよ。
ではどうぞ。
これも笑えるコメントですね。同じ文字を使っても日中で意味が異なることくらい知ってますよ。日本では手紙で尻は拭きませんし、自家用汽車を持っている人も居ないでしょうしね。あなたは日本語はまずまずですけれど、とうてい日本人の感覚を理解する域には達してませんね。と言うより、その必要があるとは思っていないみたいですね。>>
↑
出たら目には、高奇な火が宿り、仙人の領域に達した恍惚の思考回路は、我々凡人には理解不能と思われます。
この様な、苛めっ子の様な、人の好意を無下に足蹴にする様な生物の感覚を理解する価値は無く、有害無益です。
。
>これをすり替え、あるいは欺瞞と言います。中国側に劣等感があるから日本側には必ず優越感がある、ですか?中国側の勝手な劣等感を呆れてはいるでしょうけれど、日本は結構中国のものを受け入れてますよ。べつに日本が優越感を持っている訳ではないけれど、あなたがそう言いきることが劣等感の表れだと思いませんか。>>
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お前達に劣等感がある、と言い切る事自体、優越感の表れでござんす。そうでなければ、気づかないし、言う必要も無いし。
>まあ、再度説明しましょう。歴史を研究するとは、あくまで真実を探求する事です。歴史の真実は一つです。しかしそれにたいする評価は立場により変わります。日中戦争を例にすれば日本と中国が、中国を戦場として戦争をし、多くの犠牲者が中国側に出た。それは事実です。
しかしこの戦争はどういう戦争だったのか、なぜ戦争になったのかは日中により解釈が変わるでしょうね。日本は防衛戦争であり、当時の世界情勢、価値観から行った戦争、中国がわからすれば日本による侵略戦争と言うことになるのでしょう。>>
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中国内領土で中国軍と防衛戦争をするという、基地外論理がもはや、惚け爺の戯言です。
この論理で行きますと、世界史は全て改訂しなくてはなりません。
ナポレオンのモスクワ遠征もフランス防衛戦争であり、独ソ戦もドイツの防衛戦争と云う事になります。
>この解釈の違いは、今後100年論争しても一致しませんよ。英米はかつて戦争をした仲だけれど、今は同盟国同士になっているのは、単にルーツが同じ、と言うことだけではなく戦争の解釈を棚上げにしたからですよ。>>
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1812年より、やがて200年になります。ソ連が崩壊した今、仏露歴史問題が再燃するのでしょうか?
(日中戦争:一九三七年七月七日盧溝橋事件を契機とする日本の中国侵略戦争。日本は三八年中に主な都市、鉄道の沿線を攻略、中国は重慶に遷都して抗戦、長期戦化し、四一年十二月太平洋戦争に発展。広辞苑3:1936,1983)
惚け爺は世界史を知りません。履修してないと思われます。やがて、ドイツも防衛戦争だったと言い始めるかもしれません。
>ところが中国は執拗に日本に反省を迫る。その反省たる物、あくまで中国側の解釈を唯一の事実としている。しかもそれを裏付けるために、歴史の事実まで捏造している。これがまともだとあなたが思うなら、私の言う意味は理解出来ないでしょうね。>>
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世界史上では結局、その後必ず仕返しがありました。中国は日本にまだ仕返ししてないし。
それを、許して貰うなら、「反省」と云う態度で示すしかないでしょう。あと、何年間は。
歴史の真実が明らかになるのは、日中友好が原則でしょうな。
カチンの森の事件の様に。
>>「華夷秩序」なら、別項の話ではありませんか。
確かに日本(当時で言う倭)は「九夷」の中に八番目の「夷」との記載があるようですが、大陸人の目からは海の向こうにある邦はまるで仙人でも住んでいるかのように、神秘なところのようでしたよ。だから「東夷」と言うより、「東瀛」や「扶桑」というような名前のほうが多く使われている訳です。
ところが中国に於いては遠い過去の見方がいまだに生きているという事ですよ。先頃のオンカホウ氏来日の際の態度は、いかに日中友好を口にしようと、中国側が我慢をしてやっている、というスタンスですよ。国内向けの演説をなぜ日本の国会でやらなければならないのか。日本人は、内心何をやっているんだろうと思っても、一応客として迎えたのだからと取り敢えず拍手はしますがね。
あなたには不思議に思えないのでしょうが、それは日本人の感覚を理解しようとあなたが思わないからですね。>>
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こういう後先短い悪意に満ちた惚け爺の様な妬ンデルタール人は、未来にとって迷惑千万なんですよ。
>>中国の歌聴きませんか。屠洪剛と王菲の「愛人」ですが、日本語の「愛人」の意味とそのイメージではだめですよ。
ではどうぞ。
これも笑えるコメントですね。同じ文字を使っても日中で意味が異なることくらい知ってますよ。日本では手紙で尻は拭きませんし、自家用汽車を持っている人も居ないでしょうしね。あなたは日本語はまずまずですけれど、とうてい日本人の感覚を理解する域には達してませんね。と言うより、その必要があるとは思っていないみたいですね。>>
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出たら目には、高奇な火が宿り、仙人の領域に達した恍惚の思考回路は、我々凡人には理解不能と思われます。
この様な、苛めっ子の様な、人の好意を無下に足蹴にする様な生物の感覚を理解する価値は無く、有害無益です。
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これは メッセージ 135564 (tokagenoheso さん)への返信です.
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