Re: 名は誰のものか?
投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2007/03/15 20:49 投稿番号: [133701 / 196466]
>通常は「私をこう呼べ」と呼ぶ人に呼称を強制することなど出来っこありません。<
日本人は、現実離れした観念的なお話が得意なのかも知れない。
現実と関係なく、アタマの中で「ああでもない、こうでもない」と理屈をひねくりまわすのなら何とでも言える。
私などは、現実社会に絡まない理屈なんかに興味がない。
一言(ひとこと)で言って「あほらし・・」なのだ。
現実とはどんなものか・・?
太閤殿下・・豊臣秀吉は、幼き頃、幼名を「日吉丸」と呼ばれた。
その後、「木下藤吉郎」となり、更に出世すると「羽柴筑前守(はしばちくぜんのかみ)秀吉」となり、最後に豊臣の姓をもらって「豊臣秀吉」となりました。
なるほど、秀吉は確かに「日吉丸」だったのだから、日吉丸と呼んでやって何の不都合があろうか。
秀吉のおっ母(か)様は、太閤殿下の秀吉を「日吉、藤吉郎」と呼んでおったらしい。
古くからの同輩が親しく「藤吉郎」と呼び捨てにすることはあったかも知れないが、普通の者は「太閤殿下」「秀吉様」とでも呼ばなければ、たちまちクビが飛んだことだろう。
勿論、自分の口は自分が管理しているのだから、相手をなんと呼んでやろうと、それは他の誰であろうと止められない。
そして、言いたいヤツは何とでも言いたいように言う。
だが、言った結果、つまり、太閤殿下豊臣秀吉公の御前(ごぜん)において「日吉丸殿」と呼んでやった結果、自分がどうなるのかは自分で決められることではない。
相手がムッとして、気分を害した瞬間、斬り殺されて終わりだ。
今の時代、日本のどんな大きな企業であろうと、誰であろうと、何であろうと、中国と関係なく没交渉でやっていけるところはない。
好きとか嫌いの話ではなく、時代の流れなのだ。
中国を「支那」と呼びたいなら呼べばいいし、「呼ぶな」と言っても呼ぶだろう。
ただ、そう呼んだ瞬間、中国からは二度と再び相手にされない。
世離れした一介のご隠居か浪人者なら、それでも平然として笑っておれようが、人は常に社会の一員であり、組織に属し、立場があるのだ。
中国を敵にまわしたら、やっていけない時代なのだと云うことを知っているのか、いないのか?
世の中が見えていないのだな。
日本人は、現実離れした観念的なお話が得意なのかも知れない。
現実と関係なく、アタマの中で「ああでもない、こうでもない」と理屈をひねくりまわすのなら何とでも言える。
私などは、現実社会に絡まない理屈なんかに興味がない。
一言(ひとこと)で言って「あほらし・・」なのだ。
現実とはどんなものか・・?
太閤殿下・・豊臣秀吉は、幼き頃、幼名を「日吉丸」と呼ばれた。
その後、「木下藤吉郎」となり、更に出世すると「羽柴筑前守(はしばちくぜんのかみ)秀吉」となり、最後に豊臣の姓をもらって「豊臣秀吉」となりました。
なるほど、秀吉は確かに「日吉丸」だったのだから、日吉丸と呼んでやって何の不都合があろうか。
秀吉のおっ母(か)様は、太閤殿下の秀吉を「日吉、藤吉郎」と呼んでおったらしい。
古くからの同輩が親しく「藤吉郎」と呼び捨てにすることはあったかも知れないが、普通の者は「太閤殿下」「秀吉様」とでも呼ばなければ、たちまちクビが飛んだことだろう。
勿論、自分の口は自分が管理しているのだから、相手をなんと呼んでやろうと、それは他の誰であろうと止められない。
そして、言いたいヤツは何とでも言いたいように言う。
だが、言った結果、つまり、太閤殿下豊臣秀吉公の御前(ごぜん)において「日吉丸殿」と呼んでやった結果、自分がどうなるのかは自分で決められることではない。
相手がムッとして、気分を害した瞬間、斬り殺されて終わりだ。
今の時代、日本のどんな大きな企業であろうと、誰であろうと、何であろうと、中国と関係なく没交渉でやっていけるところはない。
好きとか嫌いの話ではなく、時代の流れなのだ。
中国を「支那」と呼びたいなら呼べばいいし、「呼ぶな」と言っても呼ぶだろう。
ただ、そう呼んだ瞬間、中国からは二度と再び相手にされない。
世離れした一介のご隠居か浪人者なら、それでも平然として笑っておれようが、人は常に社会の一員であり、組織に属し、立場があるのだ。
中国を敵にまわしたら、やっていけない時代なのだと云うことを知っているのか、いないのか?
世の中が見えていないのだな。
これは メッセージ 133683 (palmereldritch608 さん)への返信です.
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