Re: 古池や〜
投稿者: cobapics0506z 投稿日時: 2007/02/03 00:16 投稿番号: [130608 / 196466]
>古池(ふるいけ)や
蛙(かわず)跳び込む
水の音<
表記につき、二点を申し上げたい。
一つは、蛙(かわづ)と表記すべきですね。これは我々現代人が恣意に換えることのできないものです。芭蕉の時代にそのような表記法をするのが常識でした。
例えば同じ芭蕉の句ですが、
「荒海や佐渡によこたふ天河」の「よこたふ」、
勝手に現代仮名遣いの「う」にしてはだめ、【ふ】でなければならない。
芭蕉の名前もそうです。彼自身は
【 はせを 】
と署名して、決して「ばしょう」と署名しないのも、彼の時代はそうであったからです。彼の時代ならみんな「芭蕉」と認識したのです。
芭蕉達には、【句の姿】という言葉がある。つまり表記そのものが句の姿を表すものであった。現代人の我々はその時代の特徴を尊重すべきではないか。
何も僕個人が好き嫌いではない。
二点目、【飛び込む】か、【跳びこむ】か、現代人のあなたは「跳びこむ」でよいかもしれないが、本当は【飛び】だろうと思います。なぜそう言えるかといえば、芭蕉のこの句は、最初こんな風に書いた。
古池や かわづ飛んだる 水の音
そこにも【跳び】と書いたのではなくて、【飛び】になっているのですから、恐らく芭蕉には飛ぶように見えたのではないかと思う。
>日本の俳句を、そのまま中国語に写すなら3,4,3音がちょうどいいと思いますが、どうなんでしょう?<
非常にいいと思います。
もしご興味があれば、葛飾吟社のHPを検索してみては如何でしょうか。
http://www.kanshi.org/toukou/toukou13nen/tou-sintan02.htm
雑誌の『文学』、『日本経済新聞』などにも紹介されたものです。
http://www.haiku-hia.com/hyoron_jp_ch.html
今田氏は僕の知人です。
http://www.kanshi.org/toukou/toukou13nen/tou-sintan02.htm
蛙(かわず)跳び込む
水の音<
表記につき、二点を申し上げたい。
一つは、蛙(かわづ)と表記すべきですね。これは我々現代人が恣意に換えることのできないものです。芭蕉の時代にそのような表記法をするのが常識でした。
例えば同じ芭蕉の句ですが、
「荒海や佐渡によこたふ天河」の「よこたふ」、
勝手に現代仮名遣いの「う」にしてはだめ、【ふ】でなければならない。
芭蕉の名前もそうです。彼自身は
【 はせを 】
と署名して、決して「ばしょう」と署名しないのも、彼の時代はそうであったからです。彼の時代ならみんな「芭蕉」と認識したのです。
芭蕉達には、【句の姿】という言葉がある。つまり表記そのものが句の姿を表すものであった。現代人の我々はその時代の特徴を尊重すべきではないか。
何も僕個人が好き嫌いではない。
二点目、【飛び込む】か、【跳びこむ】か、現代人のあなたは「跳びこむ」でよいかもしれないが、本当は【飛び】だろうと思います。なぜそう言えるかといえば、芭蕉のこの句は、最初こんな風に書いた。
古池や かわづ飛んだる 水の音
そこにも【跳び】と書いたのではなくて、【飛び】になっているのですから、恐らく芭蕉には飛ぶように見えたのではないかと思う。
>日本の俳句を、そのまま中国語に写すなら3,4,3音がちょうどいいと思いますが、どうなんでしょう?<
非常にいいと思います。
もしご興味があれば、葛飾吟社のHPを検索してみては如何でしょうか。
http://www.kanshi.org/toukou/toukou13nen/tou-sintan02.htm
雑誌の『文学』、『日本経済新聞』などにも紹介されたものです。
http://www.haiku-hia.com/hyoron_jp_ch.html
今田氏は僕の知人です。
http://www.kanshi.org/toukou/toukou13nen/tou-sintan02.htm
これは メッセージ 130552 (nihao_aq_jp さん)への返信です.
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