身の程知らずめ・・
投稿者: nihao_aq_jp 投稿日時: 2007/01/31 13:38 投稿番号: [130385 / 196466]
>「支那」を蔑称として表現すれば、軽蔑したことになる。
しかし、そうでなければ、「支那」は蔑称ではない。
通訳は単なる言葉の移し替えではない。
文化を背景としてこちらの言うことをあちらに伝えることである。<
お前さんも、分からん人だねえ。
分からないのか?分かりたくないのか?
「支那」が蔑称であろうとなかろうと・・と言っているではないか。
あちら様が、「支那はダメよ。今は中国なのよ」と言うのなら、「中国」と呼称するのが当然だ・・と言っておる。
そうでなければ、それは、あちらに対して侮辱になる。
敢えて、人の嫌がることをして侮辱することを「嫌がらせ」と言うのだ。
「嫌がらせ」は日本の国技、日本人の得意技(とくいわざ)なのか・・と訊(き)きたくなるぞ。
戦前の日本は中国を「支那」と呼称していた。
「支那文学」「支那語」「支那哲学」・・等々・・
それはそれでケッコウなのだ・・と言っている。
今の時代、中国を「支那」と呼称するのは明々白々の侮辱になるから、「そりゃ、ダメよ」と言うのだ。
お前さんが、口の中で、或いは心の奥底でブツブツ「支那、しな、しなじ〜ん」と呟くだけなら、そりゃ、ご随意にだけどね。
中国人に向かって、それを言うなら喧嘩になるから、覚悟してね・・と言うのだ。
最後に、お前様から通訳のあり方を教えてもらおうとは思わない。
現場の第一線に立ったこともない、お前ごときが、私に教えてくれようとは、それこそ・・
「班門弄斧(身の程知らず)」だぞ。
(大工の神様・魯班の前で、相手を知らず、偉そうに道具の斧を振り回し、未熟の技を見せびらかす。・・身の程知らず)
笑止千万とはお前のことだ。
これは メッセージ 130381 (pluszee さん)への返信です.
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