Re: 常識の愚かしさ・・悟れよ
投稿者: palmereldritch608 投稿日時: 2007/01/20 19:11 投稿番号: [129423 / 196466]
>何回も語ったことだが・・世の中と云うものは数学の世界のように厳密な論理では括(くく)れない。だから、そんなご大層な論理などと云うものは捨ててかかるのが正しい。
時には偽善であろうと狡知であろうと、世の中のかなりの部分は論理的ですよ。法には法体系があります。法と法が矛盾しない為にそれがあるのですが、貴方ははいかなる法律も無視しろというのでしょうか?(笑)。
>「1+1=2」は誤りなのだ。世の中なら何でもありなのであって、誰も10進法だとは規定してない。2進法なら、当然「1+1=10」が正しいのだ。
2進法の10はもちろん10進法の10とはまったく意味が異なります。その意味するものは?10進法で言うところの2です。10進法と2進法、この両者の間に何か不整合なところでもあるのでしょうか?
>キミが原住民に取り囲まれて暮らすとなれば、4以上の数字を放棄しなければならなくなるのだ。
世の中とはそう言うものだ。常識から開放されないと世の中は理解できないのだ。
アマゾンの原住民であっても、1+1=2でしょう。10+10も、彼らが算術を学ぶなら、やはり20ですよ。
世の中に非理が存在することを私も認めます。また、今日あまりに拡張され過ぎている点は疑問ですが、パラダイムと呼ばれる、ある種の公理、公準のようなものが、論理の底にあることも理解はします。しかし、言語がそうであるよう、人間は論理的にしか思考できません。そもそも論理が無ければ、人間は例えば同情といった人間的感情すら持てないのです。
仮に私が自分の身体の一部をつねったとします。私は痛みを覚えますが、他人にこの痛みは伝わりません。しかし、私が痛いだろうということは分かるはずです。何によってですか?つねれば痛いものだという、論理において人は他人の痛みを理解するのです。
芸術表現も同様ですね。あらゆる芸術はその底に論理を持っています。だから芸術理論が存在するのです。たとえ伝える内容が感覚的なものであっても、伝える形式は論理構造であるより他ないのです。
>常識を振りかざして、賢い者が思いがけなく失敗する。それが世の中だろう。
私の認識では、失敗するのは賢い者ではなく、硬直した常識を振りかざすものです。
これは メッセージ 129419 (nihao_aq_jp さん)への返信です.
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