文字のない国のracingschedule
投稿者: unkai98687 投稿日時: 2006/12/11 10:57 投稿番号: [127330 / 196466]
>満族は中国を支配することで、漢語を国語として満族の言葉を無くしてしもたんや。
これも過去トピで、しっかり教えたはずだ。漢人には海馬(記憶を司る脳)がないのか。 もう一度よ見返せ!!!
清朝の第一公用語は、もちろん満州語だった。満州語はシベリアのエヴェンキ語に近縁のトゥングース語で、モンゴル語やトルコ語に似た言葉なので、アルタイ語族の一派と考えられている。満州文字は、縦書きのモンゴル文字のアルファベットに手を加えて読みやすくしたものである。
第二公用語はモンゴル語だった。そして第三公用語が漢文だった。
一部繰り返しになるが以下過去トピより。
中国人という概念が、漢人によって作られた幻想だという理由は、下記のとおり。清朝が中国でない例を挙げて教えるよ。
1、当然満州人は、漢人ではない。
2、清朝は中国の外(満州)で建国された国家である。
3、清朝は中国のみを支配したわけせはない。
清朝の皇帝は、清朝を構成する五大民族に対して、それぞれ別々の資格で君臨していた。中国はそのたった一つに過ぎない。
満州人に対しては、「八旗」と呼ばれる八部族の部族長会の議長だった。モンゴル人に対しては、チンギス・ハーン以来の遊牧民の大ハーンだった。漢人に対しては、光武帝以来の皇帝の地位を引き継いで、彼らの皇帝として君臨した。チベット人に対しては、元の世祖フビライ・ハーン以来の最高の保護者。東トルキスタンに対しては、最後の遊牧帝国ジューンガルの支配権を受け継いで、オアシス都市のトルコ語を話すイスラム教徒を支配していた。
これらの五大部族は、それぞれに個別の法典を持っていた。漢人は清朝皇帝の使用人である官僚をとおして、支配されていたが、他の4つの種族には、官僚制度の管轄権は及ばず、原則として自治は認められていた。漢人が中国以外の土地に立ち入ることは、厳重に制限されていた。
漢人が科挙の試験に合格して官僚になれば中国の行政には参加できたが、辺境の統治にも、帝国の経営にも、漢人が参加することは許されなかった。漢人は清帝国の2級市民であり、中国は清朝の植民地の一つに過ぎない。
清朝の第一公用語は、もちろん満州語だった。満州語はシベリアのエヴェンキ語に近縁のトゥングース語で、モンゴル語やトルコ語に似た言葉なので、アルタイ語族の一派と考えられている。満州文字は、縦書きのモンゴル文字のアルファベットに手を加えて読みやすくしたものである。
第二公用語はモンゴル語だった。そして第三公用語が漢文だった。
これも過去トピで、しっかり教えたはずだ。漢人には海馬(記憶を司る脳)がないのか。 もう一度よ見返せ!!!
清朝の第一公用語は、もちろん満州語だった。満州語はシベリアのエヴェンキ語に近縁のトゥングース語で、モンゴル語やトルコ語に似た言葉なので、アルタイ語族の一派と考えられている。満州文字は、縦書きのモンゴル文字のアルファベットに手を加えて読みやすくしたものである。
第二公用語はモンゴル語だった。そして第三公用語が漢文だった。
一部繰り返しになるが以下過去トピより。
中国人という概念が、漢人によって作られた幻想だという理由は、下記のとおり。清朝が中国でない例を挙げて教えるよ。
1、当然満州人は、漢人ではない。
2、清朝は中国の外(満州)で建国された国家である。
3、清朝は中国のみを支配したわけせはない。
清朝の皇帝は、清朝を構成する五大民族に対して、それぞれ別々の資格で君臨していた。中国はそのたった一つに過ぎない。
満州人に対しては、「八旗」と呼ばれる八部族の部族長会の議長だった。モンゴル人に対しては、チンギス・ハーン以来の遊牧民の大ハーンだった。漢人に対しては、光武帝以来の皇帝の地位を引き継いで、彼らの皇帝として君臨した。チベット人に対しては、元の世祖フビライ・ハーン以来の最高の保護者。東トルキスタンに対しては、最後の遊牧帝国ジューンガルの支配権を受け継いで、オアシス都市のトルコ語を話すイスラム教徒を支配していた。
これらの五大部族は、それぞれに個別の法典を持っていた。漢人は清朝皇帝の使用人である官僚をとおして、支配されていたが、他の4つの種族には、官僚制度の管轄権は及ばず、原則として自治は認められていた。漢人が中国以外の土地に立ち入ることは、厳重に制限されていた。
漢人が科挙の試験に合格して官僚になれば中国の行政には参加できたが、辺境の統治にも、帝国の経営にも、漢人が参加することは許されなかった。漢人は清帝国の2級市民であり、中国は清朝の植民地の一つに過ぎない。
清朝の第一公用語は、もちろん満州語だった。満州語はシベリアのエヴェンキ語に近縁のトゥングース語で、モンゴル語やトルコ語に似た言葉なので、アルタイ語族の一派と考えられている。満州文字は、縦書きのモンゴル文字のアルファベットに手を加えて読みやすくしたものである。
第二公用語はモンゴル語だった。そして第三公用語が漢文だった。
これは メッセージ 127270 (racingschedule さん)への返信です.
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