チュウゴクと 戦争すれば 泥の沼
投稿者: sinjitsu06 投稿日時: 2006/12/07 14:18 投稿番号: [127182 / 196466]
(念のために日本青年の本音を言っておこう)
ニッポンに 得することなし シナ戦争
チュウゴクに 大した資源が あるつもり
日本は 他から調達 足りている
足りないのは シナ強酸党の 脳ミソか
だまされた 憤青に 戦争の覚悟あり
日本から シナに仕掛けること 絶無
ちょっと話題はずれるが・・・
日本留学経験のある中国人女性の書いた「憤青(いわば中国の怒れる若者たち)」中の、日本の中国侵略についての見解を、( )のように言い換えれば、そのまま中国がチベットやウィグルで現在進行形でやっていることと同じになる。
「被害国の人たちを殺し自分も殺された。そういう悲惨な運命を強いられても報われることのない彼らの怨霊は今でも泣いている、と私には思えてならない。
そもそも、被害者が加害者の罪を追及し憤るということは、人間のごく自然な気持ちであり、戦場に散った命だけでなく、空襲や原爆(侵略や迫害)で莫大な犠牲をこうむった日本(チベットやウィグル)の人々が、そういう気持ちを持っていても当然である。しかし、天皇(共産党)の名のもとで行われた侵略戦争は、天皇(毛沢東)の免罪によって東条(胡錦濤)ら戦犯(絶対的指導者)に関する議論が歪になって、結果として日本(中国)人は戦争の責任をあいまいなままにしてきた。また、戦争責任者に関して、世界のどの国でも通用しないはずの、死ねば祭ってもいい(共産党なら正しい)という論理、その女性の言葉で言えば「日本(中国)人の習慣(唯物史観)」を被害国に対して主張してきた。・・・」
彼女自身も矛盾に気がついて、そのことについて良心的に次のように指摘している。
「同様に中国人も、自国民を大量に殺した毛沢東の罪の歴史から目をそらすことなく、反省し清算を行なうべきです。将来に向けての反省なら、いくらしても十分ということはありません。」
日本人以上に確実に大量の中国人を苦しめ殺した毛沢東の罪を糾弾することが先決で、彼女が言うところでは「その(毛沢東の)影響を排除し、二度と同じ悲劇を起こさせないことは、国にとってもわれわれ一般市民の一人一人にとっても、よっぽど身近な現実問題であって有益なことだと思いますが、それはなされていますか。」
まず、最も簡単にできるはずの自分の国の出来事を真摯に反省してから、できればそれを解決して、日本について文句を言うべきだというのである。
大体、このようなことが日本の中国侵略より、よほど今後中国に起こりやすいことであることはいうまでもない。中国人はまず共産党の失政の数々を反省するのが自分たち国民にとって最もメリットがあることであろう。
それをないがしろにして、日本にばかり反省を求めるのは、自らを知らないもののする所業である。
そのように「反省」すれば、日本人も中国人の「本気」を知ることになる。自分らはできずに、あるいはせずに、日本ばかりやらせようとするところに中国人の卑怯さや問題の欺瞞性(ダブルスタンダード)がある。なぜか、シナ人というのは反省しない民族である。こんな民族が今の世界の中に他にあるだろうか。
無論、日本の「侵略」については、いろいろとウソが混ざっており、疑問が多い。大国の小国いじめとは訳が違うのである。
そして、今また、「島」をターゲットに狙いを定めているかのようである。一体、今誰が本気で戦争を始めようとしているのか。
ニッポンに 得することなし シナ戦争
チュウゴクに 大した資源が あるつもり
日本は 他から調達 足りている
足りないのは シナ強酸党の 脳ミソか
だまされた 憤青に 戦争の覚悟あり
日本から シナに仕掛けること 絶無
ちょっと話題はずれるが・・・
日本留学経験のある中国人女性の書いた「憤青(いわば中国の怒れる若者たち)」中の、日本の中国侵略についての見解を、( )のように言い換えれば、そのまま中国がチベットやウィグルで現在進行形でやっていることと同じになる。
「被害国の人たちを殺し自分も殺された。そういう悲惨な運命を強いられても報われることのない彼らの怨霊は今でも泣いている、と私には思えてならない。
そもそも、被害者が加害者の罪を追及し憤るということは、人間のごく自然な気持ちであり、戦場に散った命だけでなく、空襲や原爆(侵略や迫害)で莫大な犠牲をこうむった日本(チベットやウィグル)の人々が、そういう気持ちを持っていても当然である。しかし、天皇(共産党)の名のもとで行われた侵略戦争は、天皇(毛沢東)の免罪によって東条(胡錦濤)ら戦犯(絶対的指導者)に関する議論が歪になって、結果として日本(中国)人は戦争の責任をあいまいなままにしてきた。また、戦争責任者に関して、世界のどの国でも通用しないはずの、死ねば祭ってもいい(共産党なら正しい)という論理、その女性の言葉で言えば「日本(中国)人の習慣(唯物史観)」を被害国に対して主張してきた。・・・」
彼女自身も矛盾に気がついて、そのことについて良心的に次のように指摘している。
「同様に中国人も、自国民を大量に殺した毛沢東の罪の歴史から目をそらすことなく、反省し清算を行なうべきです。将来に向けての反省なら、いくらしても十分ということはありません。」
日本人以上に確実に大量の中国人を苦しめ殺した毛沢東の罪を糾弾することが先決で、彼女が言うところでは「その(毛沢東の)影響を排除し、二度と同じ悲劇を起こさせないことは、国にとってもわれわれ一般市民の一人一人にとっても、よっぽど身近な現実問題であって有益なことだと思いますが、それはなされていますか。」
まず、最も簡単にできるはずの自分の国の出来事を真摯に反省してから、できればそれを解決して、日本について文句を言うべきだというのである。
大体、このようなことが日本の中国侵略より、よほど今後中国に起こりやすいことであることはいうまでもない。中国人はまず共産党の失政の数々を反省するのが自分たち国民にとって最もメリットがあることであろう。
それをないがしろにして、日本にばかり反省を求めるのは、自らを知らないもののする所業である。
そのように「反省」すれば、日本人も中国人の「本気」を知ることになる。自分らはできずに、あるいはせずに、日本ばかりやらせようとするところに中国人の卑怯さや問題の欺瞞性(ダブルスタンダード)がある。なぜか、シナ人というのは反省しない民族である。こんな民族が今の世界の中に他にあるだろうか。
無論、日本の「侵略」については、いろいろとウソが混ざっており、疑問が多い。大国の小国いじめとは訳が違うのである。
そして、今また、「島」をターゲットに狙いを定めているかのようである。一体、今誰が本気で戦争を始めようとしているのか。
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