続き2
投稿者: harunatu17 投稿日時: 2000/07/04 00:34 投稿番号: [12477 / 196466]
続き2遣唐使として渡航し、唐朝の官となった阿部仲麻呂(唐名は晁衡または朝衡)は<天の原ふりさけみれば春日なる三笠の山に出でし月かも>の望郷の歌で有名ですが、唐の文人たちが彼に送った詩とかも、じーんときます。儲光義の「洛中貽朝校書衡、朝即日本人也」の中では”朝まで語り合った”(青春だな)みたいな事詠まれてるし、日本に帰るという時には王維も「送秘書晁監還日本国」と題して送別詩を送り、その船が難破した報を聞いて李白は追悼詩を詠んでいる。もっともこれは李白の早トチリで、仲麻呂は安南に漂着、官に復して唐で客死したわけですが。当時、国際都市だった長安ではこういう交流は普通にあったろうし、その交流が歴史に影響しなくとも、今でも私たちの心を動かしてくれる。(続く)
これは メッセージ 12454 (oo7777777 さん)への返信です.
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