日中関係

Yahoo! Japan 掲示板トピックビューアー

[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Re: 国家と国民は別

投稿者: tokagenoheso 投稿日時: 2006/08/20 07:28 投稿番号: [122123 / 196466]
>国民と国家は別物だ。国家は国民の安全を確保し、財産の安定をもたらし、国民はその代わり納税の義務等の義務を負う。そこには暗黙の契約が存在する。契約を守らない政府は打倒され、新政府が樹立される可能性も存在する。

国家の三要素とは、国民、国土、権力(政府)だ。国家が国民の安全を確保しているのではない。政府が確保しているのだ。その政府の存在を支えるために国民は納税の義務を負う。

国家の一要素である国民が国家と一蓮托生であるとは、国民が国家から離れれば政府が存在し得ないと言うことを意味する。この場合国民とは個人の集合ではなく総体を意味する。

>国家だけで戦争が出来るかね。

国家と政府を混同するな。

国家が戦争をするのだ。即ち、政府+国民が戦争をするのだ。

元々の仁分論とは一部の軍国主義者、この場合は政府、と国民を分けた論だ。

しかし、国家の要素である国民と政府を分けると言うことは、即ち国家を否定することになる。

国民は国家と一蓮托生であり、政府も国家と一蓮托生である。

>曖昧にしたということは黙認したということ。二分論が前提となっている。

暗黙の了解に過ぎない。これを問題とせず、とにかく国交樹立を達成することだけが目的だったからだ。

>二分論の例としてはドイツの例も存在する。

ドイツの場合、二分論とも言えない。ドイツは全ての罪をナチスに押しつけ、自分たちも被害者だとした。しかし、ナチスの台頭を許したのはどのような理由にせよドイツ国民であり、明らかに国民も責任を負わなければならなかったのだ。しかも、ドイツ政府でさえナチスはあたかもドイツ政府ではなかったかのように振る舞っている。ナチスは当時紛れもなくドイツの政権を執っていた。だから、二分論とも言えないのだ。

また、ドイツが認めている罪はホロコーストであり、戦争の罪ではない。

だが、第一次大戦後ドイツに対し過酷な賠償を求めたことからドイツの暴走をゆるした経験、および第二次大戦後ヨーロッパの復興にはドイツの優秀な工業力や協力が不可欠であったため、周囲の国家がそれを不問とした。

また、当時既に欧州の国家が近代化を成し遂げており、ドイツを敵視するより協調した方が欧州の利益になることを理解していたからこそ、ドイツを受け入れた。ドイツを敵にしなくとも国民をまとめることが出来たし、政府に対する国民の信頼があった。

その点、民主国家ではない中韓朝が政府の存在意義を国民に示す為に日本敵視政策をとらざるを得なかったのとは大きく違う。

日本とドイツは全く状況が違うのであり、引き合いに出すこと自体が間違っている。

即ハンで出てきて従来言い尽くされたドイツ日本比較など持ち出すのは他に意図があるのか?
[ << 最初のページ | < 前のページ | メッセージリスト | 掲示板表示 | [ メッセージ # ] | 次のページ > | 最後のページ >> ]

Yahoo! Japan 掲示板 アーカイヴ

[検索ページ] (中東) (東亜) (捕鯨 / 捕鯨詳細)