(続)スリランカ人の対中イメージ
投稿者: sarnari1993india 投稿日時: 2006/06/08 00:57 投稿番号: [117314 / 196466]
あまり知られていないことだが、第二次大戦中に旧日本軍はスリランカのコロンボ・トリンコマレの2港湾施設を空襲しており、スリランカ(当時の国名はセイロン)はサンフランシスコ講和会議に政府代表としてジャヤワルダナを派遣している。
第二次大戦での日本無罪論はインドのラビ法学博士が有名だが、スリランカのジャヤワルダナも講和会議の席上で「日本は当時わが国を不当に占領していた英国軍を攻撃しただけでわが国を攻撃したわけではない」と、キッパリと対日賠償権の放棄を宣言、日本に対して過酷な講和条件を課そうとしたソ連等に対抗して、日本の立場を弁護する論陣を国際社会に向けて張ってくれた。
後年、ジャヤワルダナがスリランカ大統領に選ばれたとき、講和会議の時のことをずっと恩義に感じていた日本政府が「我々の友人の大統領就任の記念に何か寄贈したいのだが」と尋ねたところ、ジャヤワルダナは「医療設備の遅れている我が国のために病院を作ってほしい」と答えたので、日本政府は腕に縒りをかけて当時アジア最大と言われたベッド数1000を超える大病院を無償でコロンボに建造した。
中国政府が作った無用の長物と違って、この病院は今もスリランカ市民に頼りにされ親しまれている。
結局、バンダラナイケ記念国際会議場を寄贈して友好をアピールする裏で農村部で共産主義ゲリラを育成してスリランカに共産革命を起こそうとした過去を持つ中国に対して、スリランカ人の評価はズバリ「二枚舌で決して信用できない奴」。
これに対して日本人に対する評価は「いつまでも恩義を忘れない心からの友達」なのである。
以上の話も私がスリランカ人の友人から直接聞いたものである。
なお、自ら「日本の友人」を自認したジャヤワルダナ元大統領の葬儀には海部元首相が日本政府特使をして参列している。
これは メッセージ 117240 (yukinojyou770 さん)への返信です.
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