Re: ODA
投稿者: jptmd2004 投稿日時: 2006/05/26 04:17 投稿番号: [116131 / 196466]
>そうか、それは知らなかった。で国際慣行の数値はいくらかね。それで
中国はその天文学的数字の賠償金を値切りもせずに払ったのかね?<<<
お前さんは円と銀の単位が判っていないようだ。
【賠償金4億5000万両のその後
北京議定書で清朝に定められた賠償金4億5000万両(利払いを含めると8億5000万両になる)という額は、年間予算1億両足らずであった当時の清朝にはまさに天文学的な要求であった。さらにその賠償金の支払い源も海関税など確実な収入を得られるものを差し押さえる形で規定されていた。
その後清朝はこの支払いを履行したが、ばくだいな拠出はその後の改革(光緒新政)の施策を限定せざるを得ないこととなり、かつ侵略を防ぐためとして投資対象が軍備優先となったために、北洋軍の総帥である袁世凱の権勢をさらに増大させることとなった。また、改革遂行のためにさらに列国や外国資本銀行の借款に頼り、外国への依存を更に強めることとなった。民衆へは税の増額という形で負担がのしかかり、さらに困窮にあえぐこととなり、清朝への不満が高まった。賠償金は1912年に清朝が滅亡した後も、清朝を引き継いだ国家とみなされた中華民国にそのまま負わされ、中央政権が軟弱な基盤しか持ちえなかった理由の一つとなった。
列国も清朝や中華民国が賠償によって苦しむ姿を見て、国際社会の批判や自国の中国権益減少を恐れ、第一次世界大戦前後から賠償金の緩和をたびたび行った。特に20世紀初頭に中国接近の度を強めていたアメリカは賠償金を中国人留学生への援助や、大学の建設などに充当した。その大学の一つが現在北京にある清華大学である。
結局1938年までに6億5千万両が各列国に支払われ、ようやく賠償は終了した。
】
これは メッセージ 116117 (jegp356 さん)への返信です.
固定リンク:https://yarchive.emmanuelc.dix.asia/1143582/ffccf4x78_1/116131.html