Re: ODA
投稿者: jegp356 投稿日時: 2006/05/25 23:40 投稿番号: [116117 / 196466]
>日本は国際慣行以上に、天文数値のような賠償金額を要求したんだよ。
そうか、それは知らなかった。で国際慣行の数値はいくらかね。それで
中国はその天文学的数字の賠償金を値切りもせずに払ったのかね?
ちなみに、日清戦争の数年後の義和団(北清)事変の際に、世界各国が中国に要求した賠償額は、順番で見ると、①ロシア1.8 億円②ドイツ1.3億円③フランス1億円④イギリス7千万円⑤日本5千万円⑥アメリカ4500万円⑦イタリア3800万円⑧ベルギー1200万円 ほか、オーストリア、オランダ、スペイン、スイス、ポルトガルなどに少額要求している。(当時の円換算)
日本はこのとき、出兵した兵力は他国をはるかに上回り(1.3万人)、戦死者も244人で最大、二位のイギリスは、それぞれ、5800人、約100人となっており、要求額の大きかったロシア、ドイツ、フランスはそれぞれ相当に少ない。日本は当然多額の要求を出しても良かったが、小村寿太郎が計算した額を正直に呈示したといわれている。
もちろん、このときの日本軍の獅子奮迅の活躍は世界各国の注目を浴び、感謝の意を表されたが、特にイギリスでは、ロンドンタイムスが「・・・列国が外交団の虐殺や国旗陵辱を免れたのは、ひとえに日本のおかげだ。日本は欧米列強の伴侶たるにふさわしい」と激賞し、これが翌年の日英同盟につながった最大の原因であった。
日本は当時世界に先進国として認められたいがために、国際条約に忠実すぎるほど忠実にしていたということもある。
おそらく、日清戦争で、賠償を過大な要求をしたというようなことは、あるまい。もし要求したとしたら、世界のことに無知であったに過ぎないだろう。どこにそんなことを言う根拠があるのか。その天文学的数字という過大な額はいくらなのか。
これに対して、ロシアはその警備地区で殺人、略奪、婦女暴行などが後を絶たなかったし、ドイツ軍の占領地区は「地獄」であったと清国のある官吏が言っている。フランスも、治安の悪かった三大地区として、その二国とともに挙げられているから、内容は推して知るべしである。
ちなみに、このときの北京議定書で決められた、各国が中国各地の治安を維持するように定めた内容で、日本軍も北京地域に駐兵をしたのである。
この内容には侵略的などの問題もあるが、当時の世界はこのような弱肉強食の状況にあり、中国人の無法な行動が招いた国際状況であるといえよう。日本だけが遠慮するといった状況には決してなかったのである。
のち、盧溝橋で最初に発砲したのは、やはり、このような中国人の無法性が原因であったと、最近では言われるようになっている。民族の血は、やはり争えないのである。
そうか、それは知らなかった。で国際慣行の数値はいくらかね。それで
中国はその天文学的数字の賠償金を値切りもせずに払ったのかね?
ちなみに、日清戦争の数年後の義和団(北清)事変の際に、世界各国が中国に要求した賠償額は、順番で見ると、①ロシア1.8 億円②ドイツ1.3億円③フランス1億円④イギリス7千万円⑤日本5千万円⑥アメリカ4500万円⑦イタリア3800万円⑧ベルギー1200万円 ほか、オーストリア、オランダ、スペイン、スイス、ポルトガルなどに少額要求している。(当時の円換算)
日本はこのとき、出兵した兵力は他国をはるかに上回り(1.3万人)、戦死者も244人で最大、二位のイギリスは、それぞれ、5800人、約100人となっており、要求額の大きかったロシア、ドイツ、フランスはそれぞれ相当に少ない。日本は当然多額の要求を出しても良かったが、小村寿太郎が計算した額を正直に呈示したといわれている。
もちろん、このときの日本軍の獅子奮迅の活躍は世界各国の注目を浴び、感謝の意を表されたが、特にイギリスでは、ロンドンタイムスが「・・・列国が外交団の虐殺や国旗陵辱を免れたのは、ひとえに日本のおかげだ。日本は欧米列強の伴侶たるにふさわしい」と激賞し、これが翌年の日英同盟につながった最大の原因であった。
日本は当時世界に先進国として認められたいがために、国際条約に忠実すぎるほど忠実にしていたということもある。
おそらく、日清戦争で、賠償を過大な要求をしたというようなことは、あるまい。もし要求したとしたら、世界のことに無知であったに過ぎないだろう。どこにそんなことを言う根拠があるのか。その天文学的数字という過大な額はいくらなのか。
これに対して、ロシアはその警備地区で殺人、略奪、婦女暴行などが後を絶たなかったし、ドイツ軍の占領地区は「地獄」であったと清国のある官吏が言っている。フランスも、治安の悪かった三大地区として、その二国とともに挙げられているから、内容は推して知るべしである。
ちなみに、このときの北京議定書で決められた、各国が中国各地の治安を維持するように定めた内容で、日本軍も北京地域に駐兵をしたのである。
この内容には侵略的などの問題もあるが、当時の世界はこのような弱肉強食の状況にあり、中国人の無法な行動が招いた国際状況であるといえよう。日本だけが遠慮するといった状況には決してなかったのである。
のち、盧溝橋で最初に発砲したのは、やはり、このような中国人の無法性が原因であったと、最近では言われるようになっている。民族の血は、やはり争えないのである。
これは メッセージ 116108 (tagud15 さん)への返信です.
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