日中関係

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Re: あいかわらず暴れとるのぉ。ほほほほっ

投稿者: jamingwithed 投稿日時: 2006/05/25 14:44 投稿番号: [116080 / 196466]
ルフ・タウンゼント著「暗黒大陸 中国の真実」から
もう少し、抜粋してみましょう。

>アメリカ領事はアメリカ国民のためありとあらゆる援助を惜しまないものであるが、中国勤務がほとほと嫌になり、辞める者が後を絶たない。優秀でありながら、中国人に振り回され、半狂乱になったアメリカ人の例は枚挙に暇がない。

>もし上海に1日よって、一人で町を歩いたら、嫌というほど恐ろしいことが体験できる。

>中国人の使用人なり調理人が「母親が遠くにいて齢も齢ですから、そろそろ見舞いでも行こうと思います」と言ってきたら要注意。まず「何か物がなくなっていないか」調べることである。私自身似たような経験がある。使用人が「母が病気で」ときた時、家中調べたが後の祭り。すでに使用人の姿はなかった。

>中国語には「裏の意味」がある。
言葉巧みに忠孝やら真実、信頼など誉めそやすが、全く意味のない言葉の羅列に過ぎない。

>中国人は「金が全て」であり、それこそ宗教に近いものがある。
友人や家族の誰かが死んでも顔色一つ変えない中国人が、金をなくしたととたん大騒ぎである。

>中国人の『タカリ』こそ最大の問題で、中国社会がよくならない最大の原因はここにあると言われる。

もらうといっても、生半可な頼み方ではもらえない。「頼む」というのではない。
あの手この手で攻め、それこそ命がけである。はなはだしい場合は、家中取り囲んで脅すこともある。
感謝の気持ちはさらさらない。当然の権利だと思っている。

>中国人が神仏を祭るのは生きるためであり、信仰のためではない。キリスト教も同じである。
「信じるものは救われる。
パンを与えよう。求めよ。さらば与えられん」と聞いて信者になっただけのことだ。

ただ信者になっただけで努力はしない。いくら信心しても嵐はき、死ぬものは死ぬ。米びつも空っぽである。
そうなると「キリスト教もだめだ」となる。
何でもかんでも神頼みで、努力というものを知らない。

>伝えただけでは消滅してしまう国が中国である。ユダヤ教、ネストリウス派、ギリシャ正教、ローマカトリック、いずれも消滅した。
仏教、イスラム教があるが、いずれも「名前」だけで「本来の教義」は消滅している。

儒教も中国でなかったら立派な宗教になっていたであろうが、残念ながらそうはならなかった。
中国には宗教というものが生まれなかったし、外部から受け入れたこともない。
だが、中国で消滅した宗教が、他国で根付いている例はたくさんある。

中国は、宗教終焉の地である。
このこと一つとっても、いかに中国人の精神構造が特異であるかがわかる。

「儒教は宗教になれるか?」なれるはずがない。
なぜなら、中国人に宗教を受け入れるだけの包容力がないからである。

だから、孔子がどんな時代に生まれようと教祖にはなりえず、単なる哲学者にしか過ぎないのである。
孔子が生まれたのはキリストより五百年も前、今から約二千五百年も前のことであってもだ。

このような中国人をキリスト教に入信させても無意味。かえって有害でさえある。
あの有名な馮玉祥の例もある。クリスチャンを称することが有利だと察した彼は、配下の全軍を整列行進させ、なんと消防車で放水して洗礼を受けさせた。

ところが詐欺、恐喝はする、日本と中国に二股をかけると、やりたい放題で、やむなく宣教師たちは彼と手を切った。

クリスチャンとして美味い汁を吸った後で、キリスト教を捨てた中国人の名簿を作ったら電話帳一冊分になる。アメリカ人が来て大した時間の立っていない1933年当時ですでにである。中国人には、約束や契約の概念がない。
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