>日本が、天津条約を破ったんだよ。
投稿者: born_to_be_evil4 投稿日時: 2006/04/23 19:00 投稿番号: [113624 / 196466]
>お前さんは、清国と日本と結ばれた天津条約の中味を知らずに、読んでも理解できないんだから、屁理屈論を展開している一方だ。
それはおまえだ。この人間のクズ!
人でなしの上に嘘つきか。たいした支那人だな。
清国の朝鮮派兵に対抗すべく日本は天津条約に則って朝鮮に派兵したのだ。
天津条約と照会
4月18日、日清両特派全権は互いに調印を交わした。条約書並びに調査し将兵責罰する保証である照会文は以下の通りである。
(「伊藤全権大使清国全権大臣李鴻章ト朝鮮駐防営兵撤回并清国官兵戒飭等談判約書訂結ノ件」より、括弧は筆者。)
条約書
大日本国特派全権大使参議兼宮内卿勲一等伯爵伊藤
大清国特派全権大臣太子太伝文華殿大学士北洋通商大臣 兵部尚書直隷総督一等粛毅伯爵 李
各々奉ずる所の
諭旨に遵い公同会議し専条を訂立し以て和誼を敦くす有る所の約款左に臚列す。
一 議定す。中国、朝鮮に駐紮するの兵を撤し、日本国、朝鮮に在りて使館を護衛するの兵弁を撤す。画押蓋印の日より起り四箇月を以て期とし、 限内に各々数を尽くして撤回するを行い、以て両国滋端の虞(おそれ)あることを免る。中国の兵は馬山浦より撤去し、日本国の兵は仁川港より撤去す。
一 両国均しく允す、朝鮮国王に勧め兵士を教練し以て自ら治安を護するに足らしむ。又朝鮮国王に由り他の外国の武弁一人或いは数人を選傭し委ぬるに教演の事を以てす。嗣後日中両国均しく員を派し朝鮮に在りて教練する事勿らん。
一 将来、朝鮮国若し変乱重大の事件ありて日中両国或いは一国兵を派するを要するときは、応に先ず互いに行文知照すべし。其の事定まるに及んでは仍て即ち撤回し再び留防せず。
大日本国明治十八年四月十八日
大日本国特派全権大使参議兼宮内卿勲一等伯爵伊藤花押
大清国光緒十一年三月初四日
大清国特派全権大臣太子太伝文華殿大学士北洋通商大臣 兵部尚書直隷総督一等粛毅伯爵 李花押
照 会
大清国特派全権大臣太子太伝文華殿大学士北洋通商大臣 兵部尚書直隷総督一等粛毅伯爵 李
照会の事を為す照し得たり。上年十月朝鮮漢城之変、中国の官兵と日本官兵と朝鮮の王宮に在りて争闘の一節は実に両国国家意料之外に出づ。本大臣殊に?惜を為す惟だ念う中日両国の和好年久し中国の兵官等一時情急に已むを得ずして争闘すと雖も究に未だ小心に事を将る能わず。応さに本大臣に由り文を行り戒飭すべし。貴大使の送り閲する日本の人本多収之輔妻等の供状に漢城内に在りて華兵屋に入り掠奪し人命を?斃する情事あると謂うに至りては但だ中国並びに的確の証拠なし。自ら応に本大臣に由り員を派し訪査し明確に供証を取具し、如し果して当日実に其の営の其の兵ありて街に上り事を滋し日民を殺掠せんことを確として見証あれば定めて中国軍法に照らして厳に従い拏弁すべし。此の為に備に具し貴大使に照会し調照を煩わすを請う。須らく照会に至るべき者、
右照会。
大日本国特派全権大使参議兼宮内卿勲一等伯爵伊藤
光緒十一年三月初四日
日清戦争前夜の日本と朝鮮(9)
http://f48.aaa.livedoor.jp/~adsawada/siryou/060/resi045.html
それはおまえだ。この人間のクズ!
人でなしの上に嘘つきか。たいした支那人だな。
清国の朝鮮派兵に対抗すべく日本は天津条約に則って朝鮮に派兵したのだ。
天津条約と照会
4月18日、日清両特派全権は互いに調印を交わした。条約書並びに調査し将兵責罰する保証である照会文は以下の通りである。
(「伊藤全権大使清国全権大臣李鴻章ト朝鮮駐防営兵撤回并清国官兵戒飭等談判約書訂結ノ件」より、括弧は筆者。)
条約書
大日本国特派全権大使参議兼宮内卿勲一等伯爵伊藤
大清国特派全権大臣太子太伝文華殿大学士北洋通商大臣 兵部尚書直隷総督一等粛毅伯爵 李
各々奉ずる所の
諭旨に遵い公同会議し専条を訂立し以て和誼を敦くす有る所の約款左に臚列す。
一 議定す。中国、朝鮮に駐紮するの兵を撤し、日本国、朝鮮に在りて使館を護衛するの兵弁を撤す。画押蓋印の日より起り四箇月を以て期とし、 限内に各々数を尽くして撤回するを行い、以て両国滋端の虞(おそれ)あることを免る。中国の兵は馬山浦より撤去し、日本国の兵は仁川港より撤去す。
一 両国均しく允す、朝鮮国王に勧め兵士を教練し以て自ら治安を護するに足らしむ。又朝鮮国王に由り他の外国の武弁一人或いは数人を選傭し委ぬるに教演の事を以てす。嗣後日中両国均しく員を派し朝鮮に在りて教練する事勿らん。
一 将来、朝鮮国若し変乱重大の事件ありて日中両国或いは一国兵を派するを要するときは、応に先ず互いに行文知照すべし。其の事定まるに及んでは仍て即ち撤回し再び留防せず。
大日本国明治十八年四月十八日
大日本国特派全権大使参議兼宮内卿勲一等伯爵伊藤花押
大清国光緒十一年三月初四日
大清国特派全権大臣太子太伝文華殿大学士北洋通商大臣 兵部尚書直隷総督一等粛毅伯爵 李花押
照 会
大清国特派全権大臣太子太伝文華殿大学士北洋通商大臣 兵部尚書直隷総督一等粛毅伯爵 李
照会の事を為す照し得たり。上年十月朝鮮漢城之変、中国の官兵と日本官兵と朝鮮の王宮に在りて争闘の一節は実に両国国家意料之外に出づ。本大臣殊に?惜を為す惟だ念う中日両国の和好年久し中国の兵官等一時情急に已むを得ずして争闘すと雖も究に未だ小心に事を将る能わず。応さに本大臣に由り文を行り戒飭すべし。貴大使の送り閲する日本の人本多収之輔妻等の供状に漢城内に在りて華兵屋に入り掠奪し人命を?斃する情事あると謂うに至りては但だ中国並びに的確の証拠なし。自ら応に本大臣に由り員を派し訪査し明確に供証を取具し、如し果して当日実に其の営の其の兵ありて街に上り事を滋し日民を殺掠せんことを確として見証あれば定めて中国軍法に照らして厳に従い拏弁すべし。此の為に備に具し貴大使に照会し調照を煩わすを請う。須らく照会に至るべき者、
右照会。
大日本国特派全権大使参議兼宮内卿勲一等伯爵伊藤
光緒十一年三月初四日
日清戦争前夜の日本と朝鮮(9)
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これは メッセージ 113532 (jptmd2004 さん)への返信です.
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