Re: 民度に関して
投稿者: sada_goro 投稿日時: 2006/04/06 06:53 投稿番号: [111827 / 196466]
民度は民族の資質にもよるでしょう
また、民族の資質は一朝一夕には変わるものではないと思います
少しずれますが、古い時期の欧米人の見た中国人の民度を抜粋してみます
■ 民度の比較 1中国の場合
1933年(昭和8年)「暗黒大陸 中国の真実」 芙蓉書房出版 ラルフ・タウンゼント著より
(※ 蒋介石が南京に政府を置き中共軍の討伐を行っていた頃)
≪平気で嘘をつく≫
中国に長くいる英米人に、「中国人の性格で我々とは最も違うものを挙げてください」と訊いたら、ほぼ全員が躊躇なく「嘘つきです」と答えると思う。
欧米では、嘘は憎悪や軽蔑と同じ響きを持つものであるが、中国語にはそういう語がない。必要がなかったからである。そこで、それに近い中国語を使って「嘘ではありませんか」と言ったとしても、非難の意味はありません。ましてや侮辱には全くならない。特別な意味のない言葉なのである。
我々にとっては「嘘」は軽蔑に値するものだが、中国人にはそんなことはない。従って、「人格に欠陥あり」と考えるのは我々の認識であって、彼らはそうは思っていない。交渉するとき、忘れてはいけない
≪たかる≫
或る人が財をなし、私の近くに家を借り、洋式の暮らしを始めた。するとたちまち、例によって例の如く貧乏な親戚が押し寄せてきた。あまりの多さに食費が嵩み、米代も払えなくなった。かといって追い出すわけにもいかない。やむなく贅沢な暮らしを諦め、中国風の家に戻り、いかにも「貧乏しています」という風な暮らしに戻ったものである。
貧困の国でありながら餓死者が少ないのは何故か。答えはここにある。親戚から食べ物をもらえるから飢え死にまではしないのである。もらえるといっても、生半可な頼み方ではもらえない
感謝の気持ちはさらさらない。当然の権利だと思っている。忘れないでくださいよ。慈善団体の皆さん。「有難うございます」と言って、後ろで舌を出しているのである。骨までしゃぶるつもりである。
≪恩を仇で返す≫
ミッションスクールでお世話になったにも関わらず、いつの間にか「反米」になってしまう。「これぞ中国人」である。
(※アメリカの宣教師は日本が好きになれない)
1927年から28年、中国領土にいた八千人に上る外国人宣教師のうち五千人が退去させられている。どこへ退去したのか。日本である。しかし日本に退去したものの、日本人が好きになれない。可哀想な人間がいないからである。アメリカ人とは不思議なもんで、可哀想だと思えない相手は好きになれない人種である。宣教師は特にこの傾向が強い。可哀想な人間を見ると、我が身の危険をも顧みず、救ってあげようという殉教精神が湧きあがるのである。だから中国人には全く有り難い存在なのだ。ところが日本は、ドイツに似て、規律正しく、町は清潔で落ち着いている。これでは宣教師の出る幕がない。だから宣教師に好かれないのである
≪巨額の援助を不満とする中国人≫
(本国アメリカでは)「適格な教師の派遣を」と言われるが、これを自虐的という。結果が現れないとすぐ「努力が足らん」と言う。しかし、すでに、すくなくとも一億千万(1億1千万?)ドルも援助し、功なり名遂げた優秀な教師を数千人も派遣している。教師を殺害し、校舎を焼き討ちをし、政府が音頭を採って反米運動をする国に、である。
演技のうまい中国人にころっと騙されているのである。「期待していたアメリカ人裏切られ失意のどん底に落とされた」と迫真の演技の中国人。「あぁ、期待を裏切ってしまった」と反省するアメリカ人。行商だろうが苦力だろうが主演男優賞、女優になれる。中国暮らしも長くなると、慣れっこになって、奴等の下心がわかるから、がま口だけはしっかり締め、大笑いするところである。ところがアメリカでは舞台裏の解説がないから、大方は演技ともしらずころっとと騙される。
≪品格がない≫
呆れてものもいえないが、現地ミッションスクールの教育成果が上がらないのもアメリカ人のせいにしているようである。しかし前述したように、アメリカの一流大学に留学しても、出来が悪いのは同じである。実は、彼らが本当に必要なものは「徳育」である。これこそ中国人に欠けたものだが、簡単にできるようなものではない。
中国人に根本的に欠けているのは「品格」である。それゆえに指導者が生まれず、風見鶏で、死ぬまで足の引っ張り合いをしている。だからアメリカ人に向って「教育援助が足らない」と責め立てるのである(援助が足らないのではない。中国人の経営ミスで効果が上がらないLのである)。
また、民族の資質は一朝一夕には変わるものではないと思います
少しずれますが、古い時期の欧米人の見た中国人の民度を抜粋してみます
■ 民度の比較 1中国の場合
1933年(昭和8年)「暗黒大陸 中国の真実」 芙蓉書房出版 ラルフ・タウンゼント著より
(※ 蒋介石が南京に政府を置き中共軍の討伐を行っていた頃)
≪平気で嘘をつく≫
中国に長くいる英米人に、「中国人の性格で我々とは最も違うものを挙げてください」と訊いたら、ほぼ全員が躊躇なく「嘘つきです」と答えると思う。
欧米では、嘘は憎悪や軽蔑と同じ響きを持つものであるが、中国語にはそういう語がない。必要がなかったからである。そこで、それに近い中国語を使って「嘘ではありませんか」と言ったとしても、非難の意味はありません。ましてや侮辱には全くならない。特別な意味のない言葉なのである。
我々にとっては「嘘」は軽蔑に値するものだが、中国人にはそんなことはない。従って、「人格に欠陥あり」と考えるのは我々の認識であって、彼らはそうは思っていない。交渉するとき、忘れてはいけない
≪たかる≫
或る人が財をなし、私の近くに家を借り、洋式の暮らしを始めた。するとたちまち、例によって例の如く貧乏な親戚が押し寄せてきた。あまりの多さに食費が嵩み、米代も払えなくなった。かといって追い出すわけにもいかない。やむなく贅沢な暮らしを諦め、中国風の家に戻り、いかにも「貧乏しています」という風な暮らしに戻ったものである。
貧困の国でありながら餓死者が少ないのは何故か。答えはここにある。親戚から食べ物をもらえるから飢え死にまではしないのである。もらえるといっても、生半可な頼み方ではもらえない
感謝の気持ちはさらさらない。当然の権利だと思っている。忘れないでくださいよ。慈善団体の皆さん。「有難うございます」と言って、後ろで舌を出しているのである。骨までしゃぶるつもりである。
≪恩を仇で返す≫
ミッションスクールでお世話になったにも関わらず、いつの間にか「反米」になってしまう。「これぞ中国人」である。
(※アメリカの宣教師は日本が好きになれない)
1927年から28年、中国領土にいた八千人に上る外国人宣教師のうち五千人が退去させられている。どこへ退去したのか。日本である。しかし日本に退去したものの、日本人が好きになれない。可哀想な人間がいないからである。アメリカ人とは不思議なもんで、可哀想だと思えない相手は好きになれない人種である。宣教師は特にこの傾向が強い。可哀想な人間を見ると、我が身の危険をも顧みず、救ってあげようという殉教精神が湧きあがるのである。だから中国人には全く有り難い存在なのだ。ところが日本は、ドイツに似て、規律正しく、町は清潔で落ち着いている。これでは宣教師の出る幕がない。だから宣教師に好かれないのである
≪巨額の援助を不満とする中国人≫
(本国アメリカでは)「適格な教師の派遣を」と言われるが、これを自虐的という。結果が現れないとすぐ「努力が足らん」と言う。しかし、すでに、すくなくとも一億千万(1億1千万?)ドルも援助し、功なり名遂げた優秀な教師を数千人も派遣している。教師を殺害し、校舎を焼き討ちをし、政府が音頭を採って反米運動をする国に、である。
演技のうまい中国人にころっと騙されているのである。「期待していたアメリカ人裏切られ失意のどん底に落とされた」と迫真の演技の中国人。「あぁ、期待を裏切ってしまった」と反省するアメリカ人。行商だろうが苦力だろうが主演男優賞、女優になれる。中国暮らしも長くなると、慣れっこになって、奴等の下心がわかるから、がま口だけはしっかり締め、大笑いするところである。ところがアメリカでは舞台裏の解説がないから、大方は演技ともしらずころっとと騙される。
≪品格がない≫
呆れてものもいえないが、現地ミッションスクールの教育成果が上がらないのもアメリカ人のせいにしているようである。しかし前述したように、アメリカの一流大学に留学しても、出来が悪いのは同じである。実は、彼らが本当に必要なものは「徳育」である。これこそ中国人に欠けたものだが、簡単にできるようなものではない。
中国人に根本的に欠けているのは「品格」である。それゆえに指導者が生まれず、風見鶏で、死ぬまで足の引っ張り合いをしている。だからアメリカ人に向って「教育援助が足らない」と責め立てるのである(援助が足らないのではない。中国人の経営ミスで効果が上がらないLのである)。
これは メッセージ 111808 (huaxianglan さん)への返信です.
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