私にとっての支那人
投稿者: Awesomechang 投稿日時: 2000/02/16 21:51 投稿番号: [10249 / 196466]
私にとっての支那人昭和19年だったと思います。友達だと思っていた日本人の子供に「チャンコロ」と言われて泣いた覚えがあります。
昭和20年の年末に、父と一緒に道を歩いていると、その子の父親が路傍で家財道具を売っていました。日本へ送還されるまで売り食いを余儀なくされたからだと後で知りました。父は並べてある物を全部買いました。そして「日本人は偉い、必ず再び立つ」と言いました。その日本人の方は大きな会社の偉い方で、膨大な物資の倉庫を管理する方だったとの事です。「どんなに苦しくても公の物を私物化しない精神がある限り日本は大丈夫だ」と父が言ったのを覚えています。その時は感動しませんでした。何故なら、学校で教わったので当然の事だと思ったからです。その後、大陸から来台した支那人は泥棒、強盗でした。そして人殺しでした。そしてそれを目撃してしまいました。90年代に大陸で仕事をしました。そして支那人が変わっていないのを知りました。そして自分は台湾人であることを誇りに思っています。香港人、広東人、福建人、山東人が自らを誇りに思うようにです。
これは メッセージ 10241 (jyoui さん)への返信です.
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